1月
1月1日(月)  亥年に

初春、
あけましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

今年、私は「猪突猛進」はしません。

昨年7月、突如私を襲った耳の病は、今もなお時折私を苦しめています。これはもう上手に付き合っていく以外にありません。そうした体調や少しずつ老いていく自分とうまく折り合いをつけながら、自身と向き合い、生活を営み、あせらず、じっくり、丁寧に音楽を創っていければと思っています。仕事をきちんと残したいという気持ちも強くあります。

なんてねえ、新年早々こういうことを書いたりするから、いかんのですよねえ。とにかく、これ以上眼や耳を悪化させないためにも、もそっと気楽にやっていきます。私らしく、自由にやっていきたいと思っています。

また、自身が主宰する「ORT Music」では、今年もいくつかコンサートを企画します。まずは門仲天井ホールとの共同企画制作で、昨秋から始めた『くりくら音楽会 ピアノ大作戦 平成十九年春の陣』。年末にやっと出演者が決まりました。とりいそぎ情報はこちらへ。

今年、みなさんと多くの場で、たくさんの時間を共に過ごせますよう。ライヴなどにどうぞ気軽におでかけくださいませ。そして、よろしければぜひ応援してください。よろしくお願いいたします。


1月2日(火)  80歳の歌声

夜、NHK・BS2で放映されていた、トニ・ベネット(vo)の歌声を聴く。80歳とは思えない歌声とスイング感だった。バーブラ・ストライザンド、ポール・マッカートニー、スティーヴィー・ワンダーなど、数多くのミュージシャンとデュエットのアルバムを作ったらしく、そのインタビューなどもあった。

フランク・シナトラ、サミー・デイビスJr.をはじめとする、いわゆるアメリカのエンターテイメントを思い起こさせる最後の歌手かもしれない。例えばラスベガスで豪華なショーをやる、といったような。

その後、『フォークの達人』(再放送)も見る。今晩は山崎ハコと三上寛。ギター1本がよく似合う両者の声。ピアノなんてまったく聞こえてこない。他には何もいらない。そして、二人とも抱えているものが圧倒的に日本的な何か、だ。


1月5日(金)  何かヘン

耳の病が発症してから、今日でちょうど半年。定期検診に病院に行く。聴力は変わっていない。が、どうも耳がつまっている感じがするので、こちらからお願いして検査をしてもらう。結果、内耳だけではなく、両耳とも耳管狭窄症であることが判明。これも治療法がないようで、先生は「だから検査はやりたくなかった」というようなことをおっしゃる。ええっ?うんむう、という感じの私。

こーーーんなに同じような耳の病に罹っているミュージシャンがたくさんいるというのに、私のように右耳はB♭の、左耳はD♭の持続音の耳鳴りがしているとか、重音を弾くと別の音が聞こえるとか、耳の付け根が痛いとか、音楽を聴いたり演奏したりすると首や肩がバリバリに凝って辛いとか、聞こえないのではなく聞こえ過ぎて困る聴覚過敏のことを細かく言う人は、これまでいなかったらしい。すべて「あなたは音楽を専門にやっているから、普通の人より音に対して敏感で繊細なのです」で片付けられてしまう。ええ〜ん。ま、実際、そうなのかなとも思うけれど。

それにしても現在の西洋医学における患者への対し方には、非常に疑問を抱くことが多い。私を担当してくれている先生の話ではなく、もっと構造的な問題だ。

例えば、この耳の病気は明らかに気圧の影響を受ける。と、患っている人誰もがそう言うであろうに、このことを西洋の医者は医者同士で居酒屋で話すことはできても、情報としてすら正式に患者に伝えることができない、のだそうだ。結局、とりあえず薬を処方するだけで、日常生活のアドヴァイスのようなものをすることができない。そんな状況も少しずつ変わってきているとは、「気圧とは絶対関係があると僕は思っている」と力を込めて語っていた先生の話だが。・・・何かヘンだ。

なんとなくもやもやした気分でぶらぶらと神田神保町界隈まで歩く。学生時代、さらにその後勤めていた出版社時代は、毎日のように神保町辺りを歩いていた私だが、ちょいと思い出して、社長に連れられて行ったことがある鰻屋に行ってみることにした。

そこには新しくビルが建てられていて、その地下に鰻屋は生きていた。果たして扉を開ける。誰も対応しない。金曜日の夜だというのに客は二人。店内はいわゆる和風モダンといった感じの内装だったが、足を一歩踏み入れて、こりゃだめだ、とすぐに思う。ビルに建て替えたのは16年前のことだそうだが、おそらく自社ビルで家賃収入があるのだろう。これじゃあだめだ。

当時は木造平屋建てで、道路には鰻を焼く煙がもうもうと出ていて、それだけで食欲がそそられるってえもんだ、という風情があった。当時の出版社の社長がそう言ってにこにこしていたのを急に思い出した。店内はいつも声があふれていて、活気があった。

他にもよく行った有名な蕎麦屋がある。この店もまた移転してモダン和風の店になっていたが、この間行った時はつぶれていた。だめだろうなあと思っていたら、やっぱり、という感じだ。かつてはこの店も木造平屋(二階があったかもしれない)で、いつ行ってもお客さんでいっぱいだった。

時代の移り変わりと言ってしまえばそれまでだが、鰻屋も蕎麦屋も、何かとても大切なものを失ってしまって、現在、こうなっているような気がする。何かヘン。両店ともとってもおいしかっただけに、残念。


1月6日(土)  初仕事

大塚・グレコで、喜多直毅(vl)さんとデュオで演奏。今年初めての仕事だったせいか、演奏前にお酒を飲むことは絶対しない私だが、何故か飲んでしまった。コップ半分くらいのビールしか飲んでいないけれど、それで充分。顔は真っ赤。

今宵はとっても楽しく自由に演奏。呼吸が合っていると感じる。私のような者に声をかけてくれて、実に有り難いと思う。

その喜多君との付き合いも丸4年を過ぎた。この間、彼は実にたくさんのことを吸収し、大きく成長したなあとしみじみ思う。いやあ、羨ましい。会うたびにこれまでにはやっていなかったような奏法を見せるし、今日は即興的に朗読も披露していた。最初にやった「森のくまさん」の時代(彼に無理矢理うたを歌わせてしまった)がはるか遠いことのように感じられる。また、カウントダウンでオーケストラと演奏する機会があったそうだが、譜面にボウイングのやり方が書かれていたにも関わらず、本番では彼だけボウイングが異なっていたそうだ。うーん、すてきだわん。

それに比べて自分はどうなのよ?ちったあ表現の幅は広がり深まったんやろか?

それにしても、いきなり朝から右耳にD♭の圧迫感のある強い耳鳴り。その音が持続して私を責める。耳がぼわぼわして、気分が晴れない。正直、こういう時に音楽に気持ちを持っていくのがまだ大変な感じだ。そんな状態でも、今晩のような演奏を最低限できることを確認できたのが、少しうれしい。

この耳の状態を引き起こしたのは、明らかに、深夜から雨を降らせていた、かなり発達した低気圧のせいだ。だからといって、この薬を飲めばその症状が治まるといったことがないのだから、困ったものだ。なににせよ、この辺りのこと、見極めて自覚していくにはもう少し時間がかかりそうだ。


1月7日(日)  感じて動く

『感じて動く』(佐渡裕 聞き手:辻秀一/ポプラ社)を読む。私には関西弁で書かれていた前著『僕はいかにして指揮者になったのか』の方が断然面白かった。前の本の方が、圧倒的に“人間・佐渡裕”を感じることができたからだ。

この本はどうも私があまり好まない啓蒙的な臭いがしている。全体の構成、各者の文体、特に聞き手の文体が、それを作っている。ママさんコーラスから、世界に名立たるオーケストラを指揮する佐渡さんが抱えている音楽の大きさが、殊更にそうしたことを強調するがために、かえって小さく感じられてしまう。

「あの風貌で彼が吹く音は、決して美しい音ではありません」とは、この本の中で、佐渡さんが坂田明(as,cl)さんの音について語っている部分。「けれど彼独特の、たとえて言えば“しゃがれ声の美しさ”に私は触れたような気がしたのです」と語り、ひとりひとりが持っている声を大切にしなければならない、という風に話はつながっている。佐渡裕さんという人を、ああ信じられるなあ、と感じられる話の一つ。

佐渡さんはこの4月に東京フィルハーモニー交響楽団でタクトを振るようなので、聴きに行こうと思う。どのプログラムにしようかな。

んで、今日もひどい耳鳴りは継続。昼間のリハーサルが終わった後くらいから、少しずつ弱くなってきているけれど。低気圧は遠くに行って雨はやみ、空は晴れている。が、風が強い天気はだめなようだ。というようなことを、一つずつ学んでいくしかない。

というか、一度きっちり検査を受けて、自分の身体の状態をちゃんと自覚したいと強く思っている。でないと、再発ということも含めて、また多くの人に迷惑をかけることになってしまうし、自分も状況に対応のしようがない。しっかり音楽に向き合うことができない。とにかくこのままではいかん。


1月8日(月)  うんさん、踊る

吉祥寺シアターへ、山田うんさんのダンス公演『ひび』を観に行く。

女性二人だけが何もないモノトーンの舞台の上で動いている。音楽は最期の方に雨音が聞こえた程度で、全体に非常にシンプル。「ひび」を日々ととろうが、罅ととろうが、響くとしゃれてみようが、すべては自由かと。私にはやっぱり日々、かな。ほとんど夏目漱石の『明暗』状態かも。


1月9日(火)  クラ、嘶く

梅津和時(cl,b-cl)さんとリハーサル。

梅津さんとはその“大仕事”や“キャバレー”などで何回か演奏させていただいたことがある。私もORTの最後の演奏になった大晦日のコンサートや、地元のジャズ講座での演奏を、梅津さんにお願いしたことがある。

ちなみに、その1990年の大晦日のコンサートで演奏したのは、ORTと“機械じかけのブレヒト”を合わせたメンバー。で、さらに梅津さんにゲストで参加していただいたわけだから、今から思えば、あり得ないような豪華メンバーだ。

かくの如く、知り合ってからかなり長い年月は経っているけれど、デュオで演奏するのは初めて。しかも梅津さんはクラリネットとバスクラリネットしか吹かない。なんだかちょっとドキドキ、わくわく。

互いの曲などを持ち寄り練習する。どうやらバスクラリネットの方が表現の幅が広いですね、そうなんだよ、などと話をしながら、なごやかに終了。


1月11日(木)  気の流れ

午後、地元でやっている太極研修会にお試し参加してみる。本当は夏前に申し込んでいたのだけれど、やっと行けるような心と身体になった。

まずはストレッチから。これが普段使っていない部分が刺激されるのだろう。めちゃくちゃ痛い。終わってから軽く眩暈がしたので、まだ三半規管がダメなんだろうかと思ったり。しばらくして落ち着いたけれど。

その後、“練功十八法”の前の部分を丁寧にやる。これは上海で発祥した医療体操とのことで、予防と治療の効果があるらしい。

例えば、首を、否、頚を左右に回す運動。これがなかなかできない。ともあれ、普段あまり頓着していない自分の身体の部位を、意識的に、イメージしながら、動かす。動作はいたってシンプルなのだが、これがたいへん難しい。

たったこれだけのことをやるのに約2時間。素人向けに“さわやか太極拳”と名付けられている時間帯だが、やはり身体を動かすのは気持ちがいい。というより、血や気が身体を廻り、自然に逆らっていない感じがして、私には合っているような気がする。しばらく続けてみようと思う。

終了後、下の広い体育館では、なにやら大勢の人たちが同じ動作をゆっくりやっている。これも太極拳の講座らしいのだが、私が通うつもりの方は少人数制。一人一人を見ることができないから、先生は多くの人をとらないらしい。よかったあ。とてもじゃないが、あんな大勢の中で同じ動作をするなどという気持ち悪いことは私にはできそうにない。


1月11日(木)  ぱっきゃまらあ

夜、大泉学園・inFで、梅津和時(cl.b-cl)さんと演奏。

それぞれが作曲したもの、クレズマーなど、基本的に曲を演奏する。私がトリオのために作った曲を、梅津さんがクラリネットで演奏すると、なんだかまた違った風に感じられる。梅津さんの名曲「ベルファスト」も、管楽器のようにブレスをすれば、メロディーがうまく演奏できることを学んだ。

後半はアコーディオンを弾いたりもした。演奏者同士が接近すると、何故か少し感じが変わるのが不思議。梅津さんは楽器を分解したりして、その振る舞いや音が笑いを誘う。あるいは、二人で足を上げて踊ったり、くるくる回ったり。

二人だけだから、どうにでもなる。という自由がある。それでも、ちょいと演出が過ぎると、なんとなくちょいとあざとくなってしまうような印象も抱く。例えば、ゆっくりした遅いテンポのクレズマーの曲をやった時など。この辺の微妙な匙加減というか按配、バランスが、ちと課題かなあという風に感じたところも。

なににせよ、クラリネット、バスクラリネット、この国ではなんだかあまり陽の目を見ないような楽器は、とっても面白い。というか、やっぱり演奏する人間、なのだけれど。梅津さんとはこれからもやっていきましょう、ということになった。


1月12日(金)〜13日(土) 役立たず一座

そもそもアサヒビールのロビー・コンサートで企画された“役立たず”コンサート。これがきっかけで、去年は四国の四万十川で、今回は福島・いわき市で、『坂田明と役立たずのあり方について』が行われた。

かくて、いつのまにやら「役立たず一座」となり候。何故かこの“一座”という言い方がぴったりくるから面白い。

内容は二部構成になっていて、ピエロの着ぐるみで演奏されるシュトックハウゼンの曲があったかと思えば、なんとなく怪しげな三味線がチントンシャン。阿部定のことを歌った「モリタート」の替え歌で、「オチンチンを切り取ったのであります」なんてえセリフがあったかと思えば、全員による詩の朗読があったり。はたまた、地元の市民オーケストラとの合同演奏もあり、休憩時間には地元の有志の演奏があったり。

という具合なので、毎回現場でのリハーサルが必要で、今回も現地へ前乗りする。

三味線の山尾麻耶さんは若い。年末に“笑いころげて立ち上がるエルモちゃん”を買ったのは私だが、人間エルモという感じだ。一家に一人、必需品みたいな。

元“黒テント”に所属していた新井純さんは美しい。夜、食事をしながら、当時の話などをいろいろ伺う。

朝、食事をしながら、坂田さんと「自分を許す」ことの難しさ、といった話をする。朝の9時にする会話とはあまり思えないが、こんな風に坂田さんとはもう散々いろんな話をしてきた。実に有り難いことだと思う。

帰りの車中、菊池秀夫(cl,b-cl)さんとあれこれ話す。最近引っ越されたそうで、私宅から近いことが判明。彼はアンサンブル・ノマドに所属していて、現代音楽にも積極的に取り組んでいる。とっても真面目な方だ。あのすてきなシュトックハウゼンの曲なんて、ジャズマンなら譜面を蹴っ飛ばして燃やしている気がする。

んで、今年、いっしょに何か面白いことをやりましょう。一度、梅津さんともやりませんか。小森さんという女性奏者もいるんですが。メンデルスゾーンの曲にクラリネット2本とピアノの曲があるんですかあ。うーん、トラウマな私。そうですか、ヒンデミットの曲にピアノトリオ+クラリネットの面白い曲があるんですか・・・などなど、話は尽きず。


1月14日(日)  不思議なエネルギー

クロダは眼と耳だけではなく、とうとう頭も狂ってきたか、ってな風に思われるのを覚悟で、今日のところはちょいとひとつ。いやあ、実はちょいと怪しげな講習会とやらに行ってみたんでやんす。

去年、函館で出会った不思議な超能力を持った方が東京で講演をするというので、単純にその方への信頼と共感、言い方は悪いが興味だけで、その講習会に出席してみた。

中央線が遅れていて、少々遅刻。したらば、会場には既にたくさんの人。そして目の前にはなかなか異様な光景が広がっている。相手の人に手をかざしたりしている人もいる。瞬間、ヤバイかも〜。と思ったら、某氏が私を誘ってくださる。そこにはやはり函館でお会いした女性がいて、少しほっとする。

掌を上に向けてエネルギーを放出する。そうすると掌がまだらになっていく。私は赤いオーラが出ている、などと言われる。話を聞いている間、耳の後ろがドクドクするのを感じる。その某氏がエネルギーを送ってくれているのを感じる。トリートメントといって、いわば全身浄化のようなこともしてもらう。眼の痛みが消えていて、明らかに視界が明るくなり、世の中がはっきり見える。身体が軽くなったような気がする。

その後、会長さんと某氏の対談があり、最後に初めて参加した人はいますか?と問われ、黙っていたのだが、某氏と目が合ったのが運のつき。瞬間、何故か手を挙げていた自分がいて、気がついたら大勢の人の前で長机の上に横たわっていた。

身体にはまったく手を触れない。会長さんは私の骨盤を取り出したらしく、「はい、ここに骨盤があります」とおっしゃる。ったって、見えるわけがない。それでも見える人には見えるらしく、私の骨盤を手渡したりしている。そしてちょっと広げたりしてくれているらしい。それから仙骨や背骨も取り出したりしている。最後には問題の耳。この間、約2〜3分のことだと思う。

むむむううう・・・・・・・・・・ ←頭の中

どうですか?と聞かれて、なんだか知らないが、思わず「おーまいごっど」と言った自分は何だったのか。それを見てヤラセではないかと思った人もいたらしいが、これ、断じてヤラセではありませぬ。

最初に痛いと感じたところがまったく痛くない。身体はものすごく軽く感じられ、なんだか爽快な気分だ。嫌な首や肩の凝りもなくなっている。気のせい?そう、おそらく、まさに“気”のせいなんだろうと思う。この会ではエネルギーという言い方をしているが、気功に似ているところもあるように思う。

????????ふわあっ〜・・・・・・・・・・ ←感じた身体

私はなんとなく行ってみて(って、某氏からのメールで完璧に暗示にかかったと思うが)、呆然としながら、ぼうっとしてしていて、ええ、本当?甚だ怪しいなどと思いながら、某氏と会長さんからエネルギーを施してもらったことになる。どうやら非常に光栄なことらしい。なんとなく周囲の人たちの眼差しが冷たく、羨望の波動を感じた。す、す、すみませ〜ん、別段、なーんのつもりもなかったんですが。ともあれ、なんとも不思議だったが、面白かったなあと思う。

その後、有志で居酒屋へ行くというので、ちょいと行ってみる。かなり大勢の人が来ていた。この居酒屋での光景もなかなか怪しい。この会におけるある資格を持っている人のところに、真剣な面持ちで何事かを相談している人がいる。あるいは、目をつむった人に手をかざしてエネルギーを送ったりしている人もいる。

そして、面白いもので、こういう場では間違いなく“その人”が出る。初参加の私に向かって、スプーンを曲げを披露してくれた人もいる。なんでもそうだが、その超能力もピンキリなんだろうなということがわかってくる。つまりは人間なのだ。それはこの演奏者は信頼できるか、どれくらいの演奏ができて、どの程度の音楽を自身に抱えているか、といったようなことがわかる、のともうほとんど同じような感覚だ。

自分のことがよくわかっていて、それなりの力がある人は、決してそれをひけらかしたりはしない。少なくとも私が信頼できるなあと感じられる人は、相手を見抜く目と、相手のことをよく聴く耳を持っている。ダライ・ラマではないが、「Don't worry」で、なんとなく品があって、温かく大きい感じ。それにすけべなことも含めて、けっこうどうしようもなく人間的だったりする。

耳を患ったおかげで、この約半年の間におかげさまでいろんな体験をした。西洋医学、東洋医学、整体、鍼、漢方、屋久島の自然、超能力などなど。

んで、おおむね、西洋医学に携わっている人たちは、言いたいことがいっぱいあるくせに、言えずに、あるいは言わずに、適当な薬だけを処方している。というか、実際、人間がかかる病気というもの、よくわかっていないことが山程ある、ということなのだろう。そして非科学的なことに対して、非常に拒否反応を示す。

東洋医学に関係している人たちは、どうも何故かたいていかなり自信を持っている。少なくともそのようなもの言いをする。それは私にはその人には何かコンプレックスかトラウマのようなものがあって、その裏返しの意識が相手を自分のコントロール下に置こうとする、支配欲のようなものに転化しているような感じを受ける。んで、これがどうも私にはあまり合わない気がしてきている。

なににせよ、何か病にかかり、治療しようとする場合、もっとも大切なのは自分と施術してくれる人との“信頼”関係だと強く思う。鎌田實さんのお話ではないが、つくづくそう思う。

『Something keeps me alive』というのは、私の処女作CD(録音:1991年4月)の題名。この頃から私にはこういう感覚が芽生えたとあらためて思う。乱暴な言い方だが、おそらくこういう考え方はアミニズムに近い。

ピアノという楽器に対しても、その構造や調律のことなどを知り始めると、そこで出会ったピアノをいきなり無造作に弾いたりしなくなった。そんなにわかっているわけではないが、まずピアノの中をよく見る。弦の錆びやハンマーの減り方はどうか。鍵盤の上がり具合やアフタータッチなどを指で確かめる。ペダルの具合を細かく見る。などなど、演奏する前に、ピアノの声を聴くようになった。「そう、あんまり相手にされてないのね、かわいそうにねえ」とピアノに話しかける機会はけっこう多い。

ピアノの前に座り、演奏を始める時は、だいぶ力が抜けるようになった。自己主張だの、自分を表現するだの、といったことが、ほとんど頭の中からなくなった。若い時はそれにまみれ、それだらけだったと思うが。

だから、某人から「演奏する時に、ピアノの方にエネルギーを少し与えればいい」と言われた時、その発想にはすぐに合点がいった。

そんな風に考えてみると、人前で演奏をするなどという、音楽を仕事としている私が日々やっていることは、その某人(その不思議な力で、多くの人の身体や心の病を治す手助けをしている)と大きくは異ならないのではないかしら、ということに思い至った。無論、私にはまったく超能力などはないけれど。

演奏するには多大なエネルギー、言い換えればそれなりの能力が必要で、それは常に誰かに伝え、与えている行為だ。

それに特に即興演奏をする時はいつも“気”のようなものが漂っている。針がちょっと動いただけでもその音を聴き取ることができるような、あるいはちょっとした目くばせに至るまで、感覚は非常に敏感な状態になる。

また、このエネルギー(超能力)という考え方には、おそらく“イメージ”というものがとても大事なことのように思われたが、演奏行為も同様だと思う。ピアノの指先が鍵盤に触れる瞬間や、音色、音の響き、などなど、イメージがなくては音にならない。そのイメージとて、別段何かこれといった強いものがあるわけではなく、ましてや言葉で説明がつくものではなく、非常に漠然とした感覚なのだけれど。

あるいは、私はたまに「クロダ、入りました」などと言われることもある。これは演奏時の私が巫女状態になったことを言うらしい。本人にはまったくそんな意識はないが。

まだ未整理なところがたくさんあるような気がするけれど、問題はこれからの私、だ。いろいろ体験したことを元に、まずはこれから十年、自分をどう創っていくか、どういう生活をしていくか、その出発点を固めるのが今年の私の課題かなと思う。今日はとても楽しい体験をしたと思う。


1月15日(月)  旧友

久しぶりに旧友と話をする。

彼女は高校時代からかなりの社会派で、今でも女性や妊婦さんのための講座などを開いたりしている。また、自身はアレルギーにずいぶん苦しんできたそうで、最近は断食療法をやったと聞いた。まずはそうした病気や健康、治療法の話などで、時間はあっという間に過ぎていく。つくづく、ああ、そういうお年頃なのね、と思う。

'90年代初め頃だっただろうか、宇宙だの、チャネリングだの、いきなりどこかに飛んでいるような話を聞いた憶えがある友人だったので、そんなこともあらためて聞いたりした。なんでもネイティヴ・アメリカンのところで体験した超常現象のようなものは、ものすごかったらしい。

遅まきながら、世の中にはよくわからないことや、非科学的で不思議なことがいっぱいあるということを、この歳になって知ることができて、よかったなと思う。人間、生きていると面白い。


1月17日(水)  自由という感覚

ジャズにおけるアドリブも含め、いわゆる即興演奏をする際に、「自由」という概念が関わることは少なくない。きわめて近代的で都会的なとらえ方だとも思うが、少なくとも私にとっては間違いなくとても大切なことだ。

振り返れば、若い時は自分が自由になることばかりを考えていたと思う。それがソロのレコーディングをした頃、さらに例えばミシェル・ドネダ(ss)さんと初めて演奏して忘れられない体験をした頃から、少しずつ変わっていった。

自由ということに縛られている間は自由ではない、ということに気付いた。また、他人や、その場や空間を解放して自由にする(させる)ところに、自由の喜びのようなものがあることも知った。いつでも自由に選ぶことができる在り様ということも考えた。

時として、なんだか不自由だなあと感じる人と演奏すると、だんだん気持ちが外へ向かっていかなくなることがある。
例えば、あるジャンルの音楽やフレージングだのに縛られていて、自分のことしか考えていない人。時間軸にだけ縛られているベーシストやドラマーも、私を息苦しくすることがある。
また、いわゆる民族楽器を演奏する人とやる場合、まずその楽器が持っている圧倒的な歴史や音色などに、はい、ごめんなさい、というような気持ちになることもたくさんあった。自分がとても未熟だった頃は、どのように話せばいいのか、さっぱりわからなかったのだ。

でも、なんのかのと言っても、結局は演奏する“人”だ。

そういう意味で、かれこれ約20年くらい前に出会っている吉見征樹(tabla)さんは、非常に特殊なタブラという楽器を演奏しているにも関わらず、私を自由にしてくれる。彼はいつだってただ「よく聴いている」だけだ。「なんでもええで〜」状態なだけだ。

誤解を恐れずに言えば、一般的にいわゆる伴奏にまわる機会も多い楽器、すなわち、ピアノ、ギター、ベース、ドラムスやパーカッション、こうした楽器に携わっている人で、よく聴く力があり、時間の経過と共に変わる関係性を判断して反応し、さらに音楽を空間的にとらえる演奏者は、他人を自由にすることができる。

また、表に立つ人、立たざるを得ない人、例えばトランペッターやサックス奏者やヴァイオリニスト、歌手などなどは、他人のことなんぞ考えていられるかっ、状態の人が多い。なにしろバンドを背負って立っている場合が多いから、まず自分が目立つことが、ひたすら盛り上がることが、第一だったりすることも理解できないではない。で、フロントに立つ人で、他のミュージシャンを自由にできる人は、多分そんなにはいない。私の演奏経験の中ではほんの何人か、だ。

もっともそれは楽器の性質上、あがなうことができない部分もあると思う。ものすごい拘束力はあったと思うが、だからこそ、それができていたのは例えばマイルス・デイビスだったろうと思う。イメージとして、ペットは音を空中に飛ばしたり漂わせたりすることができるということもあったとは思うし、マイルスは演奏が下手糞だったこともあったとは思うが。というより、要はバランスだろうと思う。バンド運営はこの辺りの按配が難しい。

んでもって、今晩は吉見さんと喜多直毅(vl)さんと演奏。この3人で演奏するのは初めてのことだったけれど、そこには解放された空気があったと思う。


1月19日(金)  トリトン

勝どき橋を渡った辺りにある、晴海トリトンスクエアに初めて行った。なんだかトリトンだった。なんのこっちゃ。

月島、勝どき、といった辺りは大きく変貌していると聞いてはいたが、正直驚いた。夜景は美しく、高層マンションの上階にでも住まいを持てば、いっちょまえの都会人を決め込むことができる。

夜は佐藤芳明(accordion)さんと演奏。彼がトリトンに見えてくる。なんのこっちゃ。ああ、アコーディオンのポルタメントの音が羨ましい。

終演後、佐藤さんが参加したという某演歌歌手のレコーディングの話を聞く。彼はその演歌歌手の姿勢にいたく感動したそうだ。最近は、通常、歌手は完全に整ったカラオケで、一人で録音する。が、この演歌歌手はオケなどのバックで演奏する人たちがいる場所に来て、リハの時もマジで歌うのだそうだ。

お正月にTV番組で観たトニー・ベネット(vo)もそうだった。若い歌手がレコーディング・スタジオに伴奏のオケがいるのに本気で驚いていた。ということをまのあたりにして驚いたのは私だったが。

レコーディングの時に、その場にいっしょにいるか、いないか、これは音楽の質に関わる大問題だと私は思っている。コンピュータでいくらでも、しかもかなり正確につぎはぎやらピッチの調整などができるようになった今時、「そんなアナログな」と笑われることは百も承知だが。

でも、音楽には空気や呼吸が不可欠だと私は思う。録音の原点、それは例えばエリントン楽団がばかでかい朝顔(集音器)の前で、全員で演奏している風景だと思う。


1月22日(月)  MRI体験

一応検査してみるということで、生まれて初めてMRI検査を受けた。受けたのはもちろん、頭。

このMRI(Magnetic Resonanse Imaging=磁気共鳴画像)検査とは、X線撮影やCTのようにX線を使うことなく、その代わりに強い磁石と電波を使い体内の状態を断面像として描写する検査だそうだ。

某webから引用すると、

体内の水素原子が持つ弱い磁気を、強力な磁場でゆさぶり、原子の状態を画像にします。
検査概要として、患者さんにはベッドに仰向けに寝ていただいた状態で磁石の埋め込まれた大きなトンネルの中に入ってもらい、FMラジオに用いられる電波を身体に当てることによって、体の中から放出される信号を受け取りコンピューターで計算することで、体内の様子を画像として表します。
体内の様々な病巣を発見することができますが、特に脳や卵巣、前立腺等の下腹部、脊椎、四肢などの病巣に関しては、圧倒的な検査能力を持っています。

だそうだ。

部屋に入ると、バスドラムのような音が連続して聞こえてくる。どれくらいの時間がかかるのかと尋ねたら、20分くらいだという。ひえ〜っ、この騒音の中にそんな長時間いなければならないのかと思ったら、思わず逃げ出したくなった。連続した木魚の音よりピッチが低いのと響きが少ないのが救いだった。もし今よりもっと聴覚過敏の状態の時に受けていたら、発狂したかもしれない。

ところが、騒音はこれだけでは済まなかった。「寝ているだけですから」と医者は言うが、ベッドに仰向けに寝て白いトンネルに入って検査が始まると、聞こえてきたのは大騒音だった。それは例えば道路工事でアスファルトをドリルで壊しているような音が7〜8種類、といった感じだった。時折自分の身体も震えたりする。

サウンドの種類が変わるたびに神経をとがらせていたのでは身が持たない。頼むから高周波のノイズだけは来ないで〜(今でも例えば自転車のブレーキ音や自動車やバスのブレーキ鳴きの音はまったくダメだ)と願いながら、その音のピッチを取ったり、こりゃ、まるでノイバウテンだ、という感じで、できるだけ音を楽しむ方向に考えを持っていく。

目を閉じた世界に広がる映像は、さしずめ“メトロポリス”(1926年/フリッツ・ラング監督)か、ギーガーか、常磐道から外環に入る辺りで左手に見ることができる工場の風景だ。

そして、最初のバスドラの連続音は、これらの大騒音に耐えるために必要な音だったということがわかってくる。(違うかしらん?)

にしても、何故、こんな大騒音がするのだ?

それは、撮影する写真の厚みや位置関係などを決定するために必要とする傾斜磁場コイルに、電源のON-OFFを繰り返しかけることによって、コイルが伸縮する時に出る音、だそうだ。・・・うんむ、よくわからんわい。この騒音もやがて十年も経てば笑い話になるような日が来るのかもしれないけれど。

夜は友人のお母様のお見舞いに行く。先月よりも目の力があって少し安堵する。聞けば、昨日より簡単なリハビリを始めたという。人間はほんとうに目でものを言うと感じた。


1月25日(木)  意識する、しない

お試し期間内、2回目の太極拳。暖かい日だったこともあるけれど、ゆっくり身体を動かしているだけなのに汗をかく。ある姿勢を保ちながら、ただ立っているだけなのに、肩には無駄な力が入りまくっている。と先生から指摘されて初めて気付く。あるいは、手の指、一本一本を意識して動かす。と言われても、これがなかなか難しい。全然弾けないピッシュナーの指訓練用の譜面を思い出す。

意識する。けれど、それはやがて意識などなくなる状態になるのではないかと想像している。が、違うだろうか?とにかく、とても面白い。ということで、来月からほぼ週に一回、通うことに決めた。

んで、世の中、時々意識していなかったことに遭遇したりすることがある。

「私的録音補償金制度」
http://www.cric.or.jp/sarah/sarah.html
電車内の広告で知った、聞き慣れない言葉だった。これは何?

「平成5年6月1日から、私的録音に関する補償金制度が実施されています。この制度は著作権法の一部改正により新たに創設されたもので、従来自由かつ無償であった私的な録音について、権利者の被る経済的不利益を補償するため、デジタル方式の機器・記録媒体を用いて行う場合には、録音自体は自由としつつ、権利者(作曲家や作詞家などの著作権者、歌手や演奏家、俳優などの実演家、レコード製作者)に対して補償金を支払うこととするものです。 」

「補償金の支払い方法としては、政令指定を受けた特定機器・記録媒体の製造メーカーなどの協力を得て、ユーザーの皆さまが機器・媒体を購入する際に補償金を含める形で一括してお支払いいただいています。」

少々ネットで調べてみると、どうやらこの制度のことを知らない人はかなり多いらしい。2005年にi-podやHDDなどからも徴収する云々という問題が起きていたようだ。ちなみに、“デジタル”なものにこの制度は適用され、従来通り“アナログ”なものは問われない。

にしても、著作権制度と同様、これらのお金は実際の作曲者や演奏者なりに、どれだけきちんと支払われているのだろう?うんむ、よくわからない。

さらに、
「ユニバーサルサービス料」
http://www.tca.or.jp/universalservice/
自宅の電話はNTT東日本を使っていて、このおしらせが入っていた。これは何?

とにかく、この2月からはひと月に7.35円(税込)、多く支払わなければならないらしい。ということはわかった。電話回線を引いた時、えらく高い料金を払った憶えがあるけれど、この“電話加入権”なるもの、正直、これもよくわからない。


1月26日(金)  バーゲン

こんな私でも“バーゲン”という文字に弱い。MRI検査の結果、何も異常がないことがわかったら、気持ちがふわふわしてしまって、ついふらふらと。靴を買い、服を買い、照明器具を買ってしまって、両手には大荷物。


1月27日(土)  仲間たち

高校時代の友人たちとの新年会に出席する。50歳を目前にしたおばさんたちのパワーはすばらしい。というより、とてもそうは思えないくらい、みんな若い。


1月29日(月)  大成瓢吉展

昨年急逝された大成瓢吉さんの個展(新宿・紀伊国屋画廊)に行く。いったい何年ぶりになるかわからないけれど、奥様、それに大人になったお孫さんなどにお会いする。帽子をかぶったお孫さんは瓢吉さんによく似ておられ、思わず微笑んでしまう。

大成さんは1988年に湯河原に「空中散歩館」を建てられた。そこは大成さんのお住まいでもあり、仕事場。そして、このすてきな名前が付けられた建物は天井の高いギャラリーになっていて、そこでは時々コンサートやパフォーマンスなどが催された。

1991年、私はこの空中散歩館を二日間お借りして、最初に出したソロのCDを録音させていただいた。録音エンジニアはやはり去年亡くなった川崎克巳さん。そして辻秀夫さんにピアノの調律をお願いしたのは、確かこの時が最初だったように思う。私にとっては非常に思い入れが深い場所だ。あの空間があったからこそ、私は演奏できたような気がする。

その後、瓢吉さんがやっておられた朝日カルチャーセンターに呼ばれ、シンセサイザーやらアコーディオンやら笛やら、なにやかやを持参して演奏したこともある。その演奏姿あるいは音楽を聴いて、受講生の方たちがデッサンなり絵を描くという講座での演奏だった。

ゆっくりお会いしたのはそれが最後だったかもしれない。思い出すのはあの人懐っこい笑顔と、時折ちょっと厳しかった眼差しだ。心からご冥福を祈る。




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