6月
6月3日(火)  出版記念ライヴ

夜、新宿・ピットインで行われた、北里義之さんの著書『サウンドアナトミア』(青土社)の出版記念ライヴに足を運ぶ。これは大友良英さんの提唱によって実現したものだ。

前半はSachikoM(sinewave)さんと巻上公一(vo)さんとのデュオ。中村としまるさんと巻上さん、大友良英(g)さんの演奏。後半は詩人・吉増剛造さんの朗読に、演奏するのは吉田アミ(vo)さんと大友さん。第三部は北里さんと大谷能生さんの対談という構成。

久々に“音響派”の即興演奏(と言ったり書いたりすると、大友君は怒るのだけれど)というものを聴いた。思うところはいろいろあるが、巻上さんのパフォーマンスと、初めて拝見した吉増さんの朗読は、圧倒的だったと思う。いずれも非常にユニークな身体表現やふるまいを伴っているから、私の好みだというだけのことかもしれないが、ま、それだけではないだろう。

終演後、巻上さんとひとしきり話しをする。今晩のこのライヴに対する感じ方がおおむね同じようだった感触。



6月5日(木)  漢字

午後、“さわやか太極拳”の教室へ。今日から「練功十八法」について書かれた中国語の本を、先生が日本語にして読み上げることを書き取る、という時間が増えた。

普段、私は手紙で届いたものは手紙で返信するようにしているのだけれど、それでもPCに向かってキーボードを叩いていることのほうが今や圧倒的に多い。ということに、今更のように気付く。漢字を書くことがけっこうたいへんで、使っていない脳味噌をたたき起こしている感じがする。

深夜、鬼怒無月(g)さんとマックのソファーに座ってあれこれ話す。実は、鬼怒さん率いる“サルガヴォ”のメンバーである林正樹(p)さんの都合がつかないため、今年9月にいっしょに演奏することになっている。で、気がつけば、あっという間に2時間が経っていた。貴重な時間だったと思う。



6月7日(土)  哲学科卒業の

実を言うと、あまりに頭が悪くて入学試験の点数が悪かったため、大学1年生の時に私が在籍していたのは哲学科。その後、大学を受け直すか転科するかを悩んだ結果、1年間「優」をできるだけ取る努力をしながら試験を受けて、2年生の時に国文学科に転科した。どうしても習いたい先生がいたからだ。ちなみに、私がいた大学の当時の文学部にはかなりいい教授が揃っていたと思う。

で、今晩初めて共演したベーシスト、佐藤有介さんは広島大学の(なんとか?)学科に修士課程までいて、哲学を専攻し、卒論はメルロ・ポンティだったそうだ。広大出身といえば、井上敬三(as,cl)さん、坂田明(as,cl)さんがすぐに思い浮かぶけれど、彼もなかなか変わっている。久しぶりにデカルトの話などをしてしまった。休憩時間にそういう話をするミュージシャンはそうはいない。そんな彼が好きなベーシストはチャーリー・ヘイデンだというのもなんだか納得。



6月8日(日)  亮太君

午前中、父の墓参り。掃除、草むしりをして、手がすっかり薄緑色になる。どくだみのせいか?あ、何故か薄い皮がむけてきているじゃないの・・・。爪の間は真っ黒だし。ピアニストにあるまじき手の状態。でも、私は緑と土の薫りが好きだ。

夜、12chで放映されていた小松亮太(bandneon)君のドキュメンタリーを観る。今年はデビュー十周年ということらしいから、私が斎藤徹(b)さんの短期間限定ピアソラ・ユニットで共演していたのは、その前年ということになる。ジャンクフードとプロレスが好きなやんちゃな若者という印象だったが、そういえばテツさんの車一台で関西の方までツアーしたこともあったっけ。それに、都内近郊でのライヴはその頃から既に立ち見も出て超満員だったっけ。なんだか懐かしい。

その後、若手と共に演奏する場所を探しているという連絡があって、ライヴハウスをいくつか紹介したりもしたし、渋谷・オーチャードホールで行われた彼のリサイタルも聴きに行ったりしている。その際、少しだけ自作曲を演奏したので、私はもっとその方向に行くべきだ、自分の足元をしっかり見るべきだと思う、と伝えたりもした。そして、今、彼はどこをめざしているのか?



6月9日(月)  くりくら・秋の陣

夜、門仲天井ホールの代表者と『くりくら音楽会 ピアノ大作戦 秋の陣』の打ち合わせ。こういうコンサートを企画、主催していると、いやあ、実にいろいろあるのだあああ。

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なお、秋の陣の出演者は以下のとおりです。

偶然のことですが、今回は毎月かなり個性的な歌手の方、声を素晴らしく使う方が参加してくださることになりました。興味のある方は「通し券」がお得です。

9月18日(木) 渋谷毅(pf) & 石渡明廣(g)
          吉森信(pf) & 小川美潮(vo)

10月23日(木) 金伯英(pf) & 池長一美(ds)
           阿部篤志(pf) & HISASHI(voice)

11月27日(木) shezoo(pf) & 松風鉱一(sax,fl)
           黒田京子(pf) & 巻上公一(voice)

それから、大きな変更点が一つ。今回、試みとして、開場時間と開演時間をこれまでより30分遅くしてみることにしました。開演時間は19時半になります。終演は21時半頃を予定しています。

フライヤー、チケットとも、7月初旬にはできあがってくる予定です。
みなさま、どうぞ、どうか、ご家族、ご友人、ご隣人をお誘いの上、おでかけくださいますよう!(なお、申し訳ありませんが、未就学児のご入場はお断りしています。ごめんなさい。)



6月10日(火)  十字架の下で

眠い目をこすりながら、正午過ぎに喜多直毅(vl)さんと、デュオのコンサートの会場の下見に。演奏する位置によって、かなり響きが異なるステージで、結局、天井に吊り下げられている十字架より後方での演奏がベストという結論になった。しっかし、この2人が演奏したら、落っこちてくるんじゃなかろか、あの十字架。

ピアノはスタインウェイのフルコンとベーゼンのやや小型。いずれも整調や調律状態は良くはなかったが、ベーゼンの方がしっかり音が飛ぶ感じ。というか、やはり喜多さんの音楽にはベーゼンが合っている部分を感じる。

少し遅めのランチをとり、食事が終わってからビールを頼んだら、もう閉店ですと断られ、場所を変えて昼下がりのビール。したらば、なんだかちょっと酔っ払ってしまった。



6月11日(水)  ファルハ

夜、“目白バ・ロック音楽祭”で演奏する常味裕司さん率いる「ファルハ」を聴きに行く。自由学園・明日館で生音で演奏されたファルハの音楽は、非常にいいサウンドで客席に届いていたと思う。それぞれの楽器の音の粒もよく聞こえてきた。

カヌーンを演奏する海沼正利さん、レクを演奏する和田啓さんをしっかり聴いたのは初めて。カヌーンはなんとも嫌味のない音色で、音楽全体に絹のベールをかぶせているような感触。レクは例えばタンバリンやパンデイロのようなものだが、おそらくすべての曲を憶えている和田さんの演奏は、あの小さな楽器一つでリズムをしっかり支えている。その演奏はタブラと同じように、指の使い方や音の強弱などが、叩くというより「弾く」という風に見えた。

常味さんが演奏するアラブ音楽で使われるウードは、日本の琵琶の祖先だが、ウードという楽器の音色はなんというか音の広がり方がもっと水平的な気がする。どこまでも続いていく薄茶色の平原を吹いている風のような感じ。それに比べると、琵琶はもっと縦方向の深さや情念のようなものを抱えている気がする。風土が楽器を育てる、と感じる時間を持つ。

ヴァイオリンの2人、すなわち喜多直毅(vl)さんと平松可奈さんは、それぞれ全然違う感じがして面白かった。いわゆるボウイング(弓の使い方)もまったく異なっている。椅子に座っている姿勢も違う。なんだかにこにこしてしまう。吉野弘志さんが奏でるコントラバスの音もきちんと粒で聞こえてきた。

常味さんはアラブ音楽を広めたい、もっと多くの人に知ってもらいたいと思って、日々活動されていると聞いている。今晩も少し解説を交えながら演奏してくださった。素人にはたいへんわかりやすい。実際、もう7〜8年前のことになるだろうか、市から依頼されてやっていたジャズ講座に“アラビンディア”を招いた時は、全5回の中でもっともCDは売れ、評判がよかった。そういう講座の時も、常味さんは抜群の力を発揮される。

が、正直、あれ以上になると、へんに啓蒙主義的な印象を与えかねないとも感じる。アラブ音楽の簡潔な紹介や解説は、空白がたくさんあったパンフレットにでも記載しておいてみたらどうだったろう?言葉はなくても、彼のウードの演奏は本当に充分にすばらしく、敢えて言えば、演奏家が勝負するのはそこだ、と思うからだ。

誤解を招くといけないので書き添えれば、例えばタンゴを広めたいと奮闘している小松亮太bandneon)さん、いわゆるクラシック音楽の業界にまったくなじめず、そこにもともとはクラシック音楽には在った“即興演奏”という精神を持ち込み、さらにそれを拡張しようとしている平野公崇(sax)さん、そしてこの常味裕司さん。

いずれの人たちも、いわば既存の社会あるいは音楽業界と闘っている人たちとも言えると思う。が、それよりも大事なことは、彼らはみなとても高い技術を持ち、自分の音があるということだと思っている。もしかしたら音と音楽の間にはまだ少し距離があるかもしれないけれど。

闘っていると言えば、例えば巻上公一(vo)さんや内橋和久(g)さんなどの名前も、私には浮かんでくる。自分が演奏するのみならず、海外からミュージシャンを招聘したり、自らコンサートなどをプロデュースしている人たちだ。そして、彼らはそこから貪欲に自分も学んでいる。が、彼らを突き動かしているもの、相手にしているものは、先の三者とは少し異なっているかなと思う。

実際、音楽家ができることは実はたいしたことではないという認識を持つことは大事かなと思う。坂田明(as,cl)さんがよく言っている「役立たず」を認めるということだ。ということを感じるようになるには、それ相応の歳のとりかたが必要なのかもしれないけれど。

そして、“目白バ・ロック音楽祭”。この催しの中でファルハが演奏することの意味などについては、主催者サイドがもう少し言葉を費やす必要があるようにも感じた。バロック音楽で、何故アラブ音楽なのか?というところが、単純に一般人にはわかりにくい部分があると思うからだ。今日のファルハの演奏は、客席はもっと満杯になってもいいものだったと思う。もったいない。この辺りの座標の明確な示し方が、今後のこの音楽祭の方向を決めていくようにも思う。なんちゃって、余計なお世話〜。



6月12日(木)  ブーゲル・コア

夜、日仏会館、ラ・ブラスリーで行われたブルーゲル・コアとキキオンのコンサートに行く。ブーゲル・コアはフランス西端ブルターニュ(ケルト文化秘境の地、とチラシには書いてある)からやってきた、バンドネオン&アコーディオン奏者と女性歌手の2人組。タンゴ以外で使われているバンドネオンによる演奏を初めて聴いたかもしれない。歌はストレート。

彼らを「肉食」、タイバンの3人組のキキオンを「草食」と感じたという喜多直毅(vl)さんの感想にうなづく。

終演後、喜多さんと一杯飲んで、結局中央線の最終に。そして、何故か歩いて家に帰る気分になる。約50分間の運動。幹線道路を歩けども、ちょっと怖い。でも自然に足の運びが速くなるから、ダイエットにいいかも〜?



6月13日(金)  あな、楽し・その1

夜、大塚・グレコで、喜多直毅(vl)さんとデュオで演奏。あらかじめ喜多さんが決めたプログラムを、演奏間際に変更してライヴに臨む。

かくて、前半は完全即興演奏。意図せず、途中で様々な曲が差し挟まれる構成になった。それにしても5拍子の「神田川」をやることになるとは思ってもいなかった。後半は若干客席の様子を感じて、曲を決めて演奏。

自由、だった。どこへでも行ける。喜多さんとはこの3月にデュオでレコーディングをしたわけだが、そのほんのちょっと先が見えた気がしている。そんな気分。

終演後、聴きに来ていた北村聡(bandneon)さんとも少し話し、まだ飲み続けるという2人を残して帰宅。



6月14日(土)  あな、楽し・その2

夜、下北沢・レディージェーンで、佐藤芳明(accordion)さん、喜多直毅(vl)さんと、それぞれのオリジナル曲を持ち寄る感じで演奏。このお店はアップライト・ピアノなので、私はお客様には背中を向けて演奏することになる。そして、左からは弓攻撃、右からは蛇腹攻撃を受けるという位置。30歳代半ばの才能ある若き二人の演奏は強力だ。こういう人たちに声をかけてもらっている私は幸福者だと思う。

終演後、聴きに来てくださっていたカルメン・マキ(vo)さんと喜多さんの3人で、近くのお寿司屋さんへ行き、いろんなことを話して盛り上がる。かくて私は最終電車を逃し、タクシーを拾い、高円寺駅でなんとか中央線の最終に乗る。

結局、5日間、盛岡出身のヴァイオリニストと顔を合わせ、毎日ビールを飲み(ちなみに、アルコール分解酵素のない私の生活にはこういうことはめったにない)、そのうち3日間とも最終電車武蔵小金井止まり、深夜の帰宅と相成った。もうおねえさんはついていけましぇ〜ん。



6月15日(日)  優等生

何故こんなに身体がだるいのだ?と我を振り返れば、「飲む」という行為と深夜2時頃に帰宅するということは、体力をえらく消耗するものであるらしいことに気付いた日曜日。

夜、12chで放映されていた小曽根真(p)さんのドキュメンタリーを観る。バークリー音楽大学を出た、超エリートのジャズとクラシック音楽への取り組みを扱ったもので、その真摯な姿勢には共感する。が、自分とはまったく別世界のできごとのように感じる。何かが、とても違う。何か、とは、つまり、・・・だ。




6月17日(火)  買い直し

今週、某大学でジャズの講義をするため、これまでLPやカセットテープで持っていた音源の一部を、CDで大量に買い直す。山野楽器で買うと、“定盤”というシールが貼ってあったりするが、やはりさすがに音楽の質は高く、20世紀に生まれたジャズとして、これからも残っていく作品たちだとあらためて思う。

講義の内容は、基本的に(ジャズの)ブルーズを中心に話をするつもりでいる。それにしても、ブルーズを軸にジャズの流れをざっと見ただけでも、時代と共にどんどん抽象化していっていることがあらためてよくわかった。ともあれ、約1時間半の大学の講義で話せることはわずかで、その構想の半分くらいしかできないだろうと予測しながらシュミレーションする。

そのため、地元の府中市で行ったジャズ講座の資料を探っていたら、ブルーズのことをやったのは、今からもう十年も昔のことだったのに、ちょっと愕然とする。私に代わってその講義を依頼した友人の話のまとめ方、そしてその日のためにブルーズを作詞作曲してきて歌ってくれた鬼怒無月(g)さんの男気に、えらく痛み入ったことを思い出す。



6月19日(木)  音楽教育

某大学でジャズの講義。バリバリのクラシック音楽をやっている女子大生ばかりだと思っていたら、この授業を受けているのは音楽芸術学科というところの学生たちだった。なんでも4年前に大学が一部改革されて、“リベラル・アーツ”という考え方で、この新しい学科が誕生したそうだ。そこには音楽教育、音響、ジャーナリズム、ミュージカル、などを志す人たちが在籍していると聞いた。中には譜面をよく読めなかったり音符をきちんと書けない学生がいたのにはちょっと驚いたが、ま、譜面が読めたり書けなくても音楽はできるだろう・・・。教える方はたいへんだろうと思ったが。

現代の少子化問題、大学の経済的運営などの問題もいろいろ絡んでいるのだろうと想像するが、こうした音楽教育の広がり方、開かれ方は、クラシック音楽だけが音楽だ、という西洋音楽崇拝主義といった暗黙の縛りから解き放たれている部分があると思われ、それはいいことではないかと思う。今回の講義は三宅榛名さんから頼まれたものだが、こうした音楽教育に尽力されている姿勢を、私は素晴らしいと思う。ちなみに、この榛名さんが担当している講座名は「即興演奏ワークショップ」。

別の音大では、今年からロック科ができた、あるいはジャズ科ができた、とも聞いている。20世紀に生まれた音楽が、大学の勉強の対象となる時代になったということだろうか?

・・・って、音楽は教わるもの、か?という疑問がないでもない。とはいえ、私もジャズを習った、勉強してしまった、のは、確かなことだが。

例えば、ごく基本的な音符の読み方や書き方、五線譜上に書くことができる方法的な部分などは、具体的に学ぶことはできるだろう。ま、便利だし。でも、音楽はそれだけはないし、そこにはない、とも言えるわけで、それを探すのは、自分自身でしかない。自分の耳が聴き取って、自らが獲得していくところに、音楽がある。問題はその力があるかどうかであり、いわば教えてもらった“その後”が問題だろう。

私が講義したクラスの学生たちはみんな楽しい感じの人たちだった。若い女子大生はみんな私なんかよりずっとお化粧も上手で美しく、着ているものもうんとすてきだった。若い、ってすばらしい〜。

ついでに言えば、ジャズ関係のブルーズより、学生たちに聴かせてもっともウケたのは、おそらく憂歌団の“おそうじオバチャン”。「一日働いて2000円!糞にまみれて2000円!」とシャウトする歌だ。次に、エラ・フィッツジェラルドがエリントン楽団をバックに歌う、ソとドからしかできていないブルーズといったところだろうか。歌い出しのエラのフレーズにノックアウトされる一品。

この日は、次の時間の授業参観もさせていただいた。作曲の授業とのことで、一人一人自分で作った曲を披露したりしていた。中には「ジャズ風」と言って曲を書いてきていた人もいた。“風”にはちょいと抵抗を感じたが、ま、学生、だ。自分の学生時代を振り返ってみたって、何が“文学”じゃ、と今なら思うもの。(ちなみに、私は音大を出ていない。)

また、A.C.ジョビンの曲を採り上げて説明するというのもあった。どんなところがいいなと感じたの?とか、他のジョビンの曲を聴いた?とか、曲の構成やコード進行はどうなっている?とか、ジョビンはどういうことをした人?とか尋ねてみたりしたが、答えは何も返ってこない。・・・何を聴いているのだろう?

この人、この曲が、いいなあ、と思ったら、つまり自分の心にひっかかったら、何度も聴いたり、他の曲や演奏もあれこれ聴いてみたり、本を読んで調べてみたりするのが普通だと思っていた。が、どうも今時の大学生はそういう勉強の仕方をしないらしい。積み重ねのようなものがないらしい。「忘れました〜」とかみんな簡単に言うけど、そういうの、やめてくれないっ、と先生が言っていたことが印象に残る。

学ぶ、とはどういうことか?若い人たちの中にいて、とてもリフレッシュした気分になりながら、そんなことをあらためて考えさせられる時間を持った。



6月20日(金)  耳の変容

昨日、講義を終えた後に、たまたま入った喫茶店では、何故か同じくらいの音量で、ラジカセからは70年代の歌謡曲、別のラジカセからはラジオ放送が、同時に鳴っていた。ちあきなおみは素晴らしいのだが、あまりに耐えられなくなって、私の頭の上から襲い掛かっていた歌謡曲のほうを止めてもらった。これで、喫茶店の名前はなんと「無」という。むむむ・・・。

今日、正午過ぎに美容院に行った。らば、そこでも、店内のBGMが2つ、同時に鳴っている。通常の店内に流れるBGMの他に、シャンプー台が並ぶ所ではいわゆる“癒し系”のDVDの音楽が流れている。DVDの映像は熱帯の海の中で泳ぐ魚たち、だ。ここのシャンプー台はちょっと変わっていて、全部リクライニングしないのだが、とはいっても、髪の毛をシャンプーされながら、いったい誰がこの映像を見るというのだろう?

もうーーー、頭の中がぐちゃぐちゃしてきていけない。key(調)が半音違っていたりすると、もう微妙にピッチがずれているように聞こえてきて、気が狂いそうになる。わずかにずれていくリズムも気持ち悪い。だんだん自律神経をやられていくような気がして、その癒し系のほうを止めてもらう。とてもじゃないが耐えられなかった。

私がおかしいのだろうか?世の中の人たちはなんとも感じないのだろうか?街を歩きながら耳を塞ぐ状態、すなわちウォークマンの時代からi-podへと時代は変わっているが、いつから人の耳はこんな風になってしまったのだろうか?これ、私の職業病みたいなもの?

夕刻、映画『続・三丁目の夕日』を母と観に行く。市が主催している名作映画会だが、来ている人はほとんど60歳以上という感じだった。一作目はノスタルジックな懐かしさも手伝って、やはり母とそれなりに楽しく観て、あれこれ話した憶えがあるが、続編はプロットの先が読めるし、あのお涙頂戴のわざとらしい終わり方にはついていけなかった。ただし、映画を観て“すき焼き”が食べたくなり、母にご馳走してもらったのはラッキー。

夜、12chで放映されていた、フジ子・ヘミングを観る。よくわからないが、どうしても好きになれない。上原ひろみは若々しい演奏だった。事務所には所属せず、全部自分で仕事のマネージメントをやっていると言っていたので驚く。



6月21日(土)  ウィー

大学の時に所属していたサークル、能楽研究会のOB会に出席する。久しぶりに訪れた母校は建物がずいぶん新しく建て替わっていて、ピラミッドの形をした建物ももう跡形もなかった。学祭で泉谷しげるや山崎ハコなどが演奏した建物で、どういう経緯だったか、その楽屋裏の世話をしたことを思い出す。学食もきれいになっていて、2階には全席禁煙のおしゃれっぽいカフェテリアがあり、コンビニの7と11の看板も光っていた。

OB総会の後、現役部員たちとの交流会。今年は久しぶりに出席した私だが、若い現役の子たちともたくさん話しができて、なんだか気持ちが若返ったような気分になる。このサークルは宝生流と金春流と、2つの流派がいっしょに活動しているのだが、宝生の練習委員が謡を披露する時に、その耳にしていたピアス(高校時代には14個も穴があいていたそうだ)をちゃんとはずしていたのを、ほとんどのOBは見逃していないのだった。といった風に、声の大きいちょっとイケメンの委員長をはじめとして、思いのほかに現役がしっかりしていたので、なんだかうれしく感じる。

その最後のほうのアトラクションで、流派対抗のボーリング合戦があった。それが“Wii”を使ったものだった。私、初めてやった。時代を感じる。でも大学3年生の子と話したら、彼もまた僕らはWiiの世代ではないという。ゲームボーイ、だそうだ。でもって、今年の1年生は平成生まれだと言い、2歳しか違わないくせに、もうえらく年をとったようなことを言うのがおかしかった。

その後、二次会、三次会へ。みんな、そりゃあ、いろいろある。昔を懐かしむというより、励まされる思いになる。ちょっと酔っ払ってウィー、ってな気分。



6月22日(日)  明治座

明治座へ初めて行く。藤田まこと主演『剣客商売』の芝居を観に行く。・・・はずだったが、急病のため、平幹二朗が代役。藤田まことが天国に逝く前に観ておこうと思っていたら、こういうことになってしまった。なんたって、てなもんや三度笠だし、必殺仕置き人、だ。一度くらいは、その刀さばきを見たり、あのすっとぼけてウィットのきいたセリフを聴いておきたかった。藤田まこと独特の軽妙な感じはやはり平幹二朗では出ない。

午前11時開演。芝居は二幕もので、幕間の休憩30分で昼食のお弁当を食べる。芝居が終わった後、再び30分の休憩でアイスクリームを食べてお茶を飲んで、それから、本当は『まこと ルミ子 の ラブラブコンサート』だったものが、小柳さんのオンステージと相成り。

芝居はニ幕とも四〜五場あるのだが、その場面転換がすべて約1分半近い暗転だったのに驚く。友人がまるでテレビのCMが真っ暗なものを観ているようだと言っていたのに同意する。この「剣客商売」はもともとテレビでそれなりにヒットしたものだが、なにも舞台までそうすることもないだろうに、と思う。セットの転換上、仕方ないことなのかもしれないが。

最後の約1時間は56歳の小柳さんのステージ。真っ黄色のドレスで歌われた2曲目の「私の城下町」で席を立とうかと思ったが、結局最後まで聴いた。バックバンドは生演奏で、たいへんスイングしていた・・・。

この明治座の六月公演は3日に始まって24日まで。多少休演日はあるものの、ほぼ毎日午前11時と午後4時の公演というスケジュールだ。聴いただけで、私なんぞはひえ〜、だ。演じたり歌ったりする人間が穴をあけずにやり通すには、それなりの体力と精神力がいる。そのことを思えば、すごいことだ。

しかしながら、この明治座も興行していくのはとてもたいへんだろうと思う。今年いっぱいで新宿コマ劇場は閉館するとのことだが、実際、来ているお客様のほとんどは高齢者だ。公にはS席は12000円もするが、正規の値段で来ている人はあまりいないのではないか?終演後、道路には大型バスが何台も並んでおり、トイレには生理用品ではなく、軽い尿もれパッドを販売している旨のポスターが貼ってあった。

こうした興行、ホールは、やがて消えていくのかもしれない。なんとなく自分が消えゆく時代の生き証人のような気分になってくる。昼食に食べたお弁当の包み紙には、明治26年の開業時の写真が印刷されている。それを見ると、たくさんの提灯が運動会のような雰囲気で吊るされており、酒樽は高く積まれ、看板はたくさん掲げられ、入り口の前にはいっぱい屋台が並んでいる。当時の人にはものすごい娯楽だったのだろう。

ゆえあって、敢えて自分でお金を出して観ようとは思わないものを観に行っているわけだが、後から理屈をつけてみるならば、なんというかこの世の中のどこに自分がいるのかを客観的に眺める一つの機会にはなっているかもしれない。こうした“大衆”を相手に商業的な興行をやるような場にいると、例えば、自分がやっているトリオの音楽などは、超インテリで超ブルジョアなんじゃないか?と自覚したりする。

うーん、それにしても、新しい格好良い時代劇があってもいい気がするんだけどなあ。でも、芝居の途中で、何故か舞台前面にスクリーンが出てきて映画を観た時は、この刀さばきやカメラアングルやスピード感は、映像でしか体験できないと、はっきり感じてしまった。時代劇を生で観る、というのは難しいことだろうか?歌舞伎や能は“型”があるから生き残っていると思う部分があるが、時代劇はどうなのだろう?・・・脚本と演出で、もう少しなんとかなる気がするし、そういう試みをしている人もいるんだろうとは思うけれど。




6月23日(月)  思案中

夜、大泉学園・inFで、黒田京子トリオ(太田惠資(vl)さん、翠川敬基(cello)さん)でライヴ。

終わった後、二枚目のCDの話をひとしきり。収録曲や曲順のことを、ここのところずっと考えていて、あれこれ繰り返し聴いて頭が漬物になりそうだったが、翠川さんもほとんど自家中毒になりかけたらしい。CD製作は遅々として進まない感じだが、少しずつ、は進んでいる。

H氏はこのトリオは去年からまた進化(深化?)していると話してくださる。いったい何がどう?

このトリオにも山があれば谷もあり、その時々で演奏には波がある。これまでにも、正直、ちょっと停滞中?と感じたことがなかったわけではないけれど、そのようにH氏から言われて、自分にあまりその自覚がなく。ということで、帰宅して深呼吸してから、また漬物的自家中毒状態になってみる。それでわかったことがある。でも、今はここに書かない。



6月24日(火)  ちょっと違う

東岳太極拳の教室へ。五功を憶えていない。という焦りと、ゆっくりした動きで、汗をかく。それに、いつも習っているのと、ほんの少し動作が違うだけなのだが、なんだか世界観が違う気がする。気のせい?



6月25日(水)  くりくらも5回目

この秋で5回目になる『くりくら音楽会』のチラシ用の原稿をやっと書き始める。ここに至るまで、いつものようにうろうろと家の中を徘徊して思いを巡らせる時間を持って、やっとPCの前に座る。しかしながら、このPC、何故か10分おきに勝手に再起動するから、思考がまとまらなくていけない。そのたびに練功をやったり、足ツボ踏み板に乗って足踏み運動をして、身体の血のめぐりをリフレッシュ、をひたすら繰り返す。

(この原稿、推敲を経て、結局週末に脱稿。ということで、チラシが出来上がってくるのは、7月半ばになると思います。少々お待ちくださいませ〜。)



6月26日(木)  楽し

午後、さわやか太極拳の教室。約1時間は練功十八法の書き取り。だんだんやっていることの意味がわかってきた。つまりは“意識”だ。どこの筋肉を使っていることを意識するかを文字で確かめている。同じ時間、下の広い体育館でやっている“60歳からの健康体操”でやっている練功とは、その内容が天と地ほどに違う。

夜は大泉学園・inFで“太黒山”のユニットで演奏。いつもながら、何のストレスもなく、楽しい。



6月27日(金)  監視?

今秋、某地方のホールで演奏する機会があり、主催者から「ピアノはどうしますか?」と連絡が入る。いずれもフルコンで、スタインウェイかヤマハを選択することができる。演奏した経験がない会場で、弾いたことがないピアノを選ぶのはなかなか難しい。が、一般的には、やはりどうしてもスタインウェイということになる。ので、現在の楽器の状態や稼働率なども教えてもらった上で、まず、そう答えておいた。

で、その次に、というより一番大切なのは、なによりも調律のことだ。それで、私がその地に行った時に懇意にしている調律師さんに依頼できるかどうかを尋ねた。

そうしたら、基本的にはホール付きの業者の調律師に依頼することになっているとのこと。ここまではよくあることだ。

一般的に、そういう規則のもとに、絶対に他の調律師を入れさせない所も多々ある。また、原則はそういうことになっていても、外から調律師さんを入れてもいいという場合もある。ホールの対応は様々だが、その調律師が調律師協会の会員であることの証明や、その履歴書を提出して(審査を通り?)、外からの調律が許されることもある。

ちなみに、私は信頼している調律師さんにお願いでき、こうした書類の提出をホールから求められた場合、調律師さんのプロフィールと共に、自分が何故この調律師さんに依頼をするか、ピアニストにとってどれだけ調律師さんが大事かを書いた文章を、ホールに頼まれもしないのに自主的に提出している。これはその調律師さんと話し合った結果、やっていることだ。ささやかな抵抗みたいなものかもしれないけれど。

が、今回の場合、初めてのケースに出会った。

このホールでは、今年の4月から、ホール付きの業者以外の調律師を依頼する場合は、その調律作業に立会いをする人間が入り、そこに立会い料金が派生することになったという。え?・・・つまり、私が依頼した調律師さんがピアノの調律作業をしているところを、別の調律師さんが立ち会ってずっと監視しており、その立会い料金が1時間ごとにかかる、ということ?

正直、ちょっと絶句した。私が依頼したいと思っていた調律師の方はベテランの方だ。その方が調律する作業を、おそらくその人より年下になると思われる別の調律師が監視する状態とは、いったい何なのだ?ステージは刑務所か?調律師同士も決していい気分ではないのは想像にかたくない。依頼する私だって、とてもじゃないが、そんな状況に信頼する調律師さんをお願いできるわけがない。その上、通常費用としてかかるピアノの借り賃、調律師さんへの調律代のほかに、別の人間の立会い料金まで加算されるのでは、主催者にも多大なる負担をかけることになる。そんなこと、できるわけがない。

それで、その依頼したい調律師さんがたまたま某楽器メーカー関係の方だったこともあり、あれこれ動いていただいたが、結局、ホール側が認定している調律師でないとダメということで、同じ楽器メーカー内でもどうにもならず。結局、わずかな望みも捨てて、元のスタインウェイを選び、ホール付きの調律師さんにお願いすることになった。私はいつものように、当日、現場で、その調律師さんとできる限りのコミュニケーションをとって、いい音楽を創る努力をするのみ、だ。

実際、調律師学校を卒業したばかりのような感じの人や、一般家庭のアップライト・ピアノは調律した経験はあっても、コンサート・ホールの調律をするのは初めて、という雰囲気の人もいるのは確かだ。そういう人が限られた時間の中で、ピアニストの要求に応えようとして、調律作業のみならず、整調作業(タッチや音色などに関わる、,実に細かい技術を必要とする作業)までして、高価な楽器をダメにしてしまうこともあるとは思う。正直に言えば、私もそういう事態に居合わせたこともあり、その非は私にもあったと反省している。

現在の調律師の質、ということまで話を大きくすると、私にはわからないこともあるから、これ以上は語るつもりはない。が、私には何故このような制度をわざわざ設けたのかが疑問だ。言ってみれば、この規則はホールとそこにピアノを入れた楽器店の談合のようなものだろう?少子化問題や現代の住環境問題などによる、ピアノが売れないといったこともあるかもしれない?

以前、某ホールで、私が30秒間手袋をして弦を叩いたというだけの内部奏法のことで、20万円もメンテナンス代(私はまったく楽器を傷つけていないと言い切れるので、この呆れた請求は明らかに不当だ)をぶんどるようなことをした某楽器のことや、その後何年か経ってその某楽器店で開かれた内部奏法レクチャーの時の話も、このweb上に書いたので、ここには詳しくは書かない。(無論、こうした内部奏法のことと、今回の調律の件は、問題が異なるが。)

いずれにせよ、ピアノという楽器のことや音楽のことがよくわかっていない、ただひたすらに何か事件が起きては困るお役人的ホールの人間に、あなたが持っている宝物(それは場合によっては市民の税金だったりすることもあるから、ほんとに宝物だ)は、とっても高価なものだから、かくかくしかじか、これこれこういう制度や規則を設けて、宝物を守ってあげなければならないのですっ、とマニュアルを渡しているのは、各楽器メーカーだろう。

要するに、実質、外から調律師は入れるな、ということに等しい、この今春から始まったという制度は、いったい誰のためのものなのだろう?何のためのものだろう?演奏するのは誰?音楽はどこに?大切なことは何?

・・・非常に考えさせられるできごとだった。すべては私がもっと超有名なピアニストだったら、きっと話は違うのだろうけれど。

夜、上野・アリエスで演奏。そこに大学の時の能楽研究会の後輩が一人。突然のことで驚いた。18〜9歳の初々しい一年生だった彼を、このサークルに勧誘したのは私とのことで、彼は私を母だとか姉御だとか言っている。つまりこの男性、サークル始まって以来の、能楽師になってしまったのだから、私の責任は重い。えらいこっちゃ。その彼が来年早々「翁」を披くという。あな、めでたし。こりゃ、うれし。えらいこっちゃ。



6月28日(土)  大きな花たち

午後、生徒のレッスン。

一人は自分の感性でどんどん楽しくアドリブができる。こういうセンスがある人には理論を教えることがためらわれる。必要最低限のこと、もしくは本人が望む場合にしか、私は理論的な話はしない。

もう一人のレッスンは何故か今日はドビュッシー。感想しか言えないわよ、と言うと、それでいいというので、そういうレッスンになる。自分が不得手な曲を敢えて選択して、人前で演奏するらしい。その心意気はすてきだと思うし、応援したい。

夕方、母を誘って、多摩美術大学美術館へ。『絵画のコスモロジー』と題された、三人の作家による作品が展示されている。そのうちの一人、小山利枝子さんの作品を観に行くのが目的。今回は全部で14点、さらに500号という大きな作品を複数観ることができる。今日は作家によるギャラリー・トークやレセプションがあったので、小山さんとも少しだけお会いできた。

500号の作品はさすがに大きい。一部屋の真ん中にいると、色彩豊かで光にあふれた花たちがせまってくるようにさえ感じられる。斎藤徹(b)さんのCDジャケットでの出会いが、小山さんとの関わりの始まりだが、年代ごとに作品が変化しているのがよくわかる。私にはやはり近年のものは境界がどんどん溶解しているように思われる。この展覧会は今月20日まで。



6月29日(日)  買い替え

PCを買い替えることにする。現在のこのPCを作ってくれた人に同行してもらって、そのご子息と共に家電量販店をはしご。私の耳の状態は最悪で、そうした店のあまりの騒々しさに頭がくらくらする。ともあれ、雨の中、お二人には感謝しきり。ちなみに、ご子息は大学で“ロボコン”に夢中とのこと。いずれテレビの画面の中で見られる日が来るかも?イエイ!






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