10月
10月1日(木) ダウン

午後、太極拳の教室にはりきって行くつもりだったが、食事をした後に完璧にダウン。起きあがれなくなって沈没。季節の変わり目ということもあるとは思うが、自分の体調そのものが変化していく季節に入っていることを感じる。

夕方、整体に行って、身体をゆっくり揉んでもらって、やっと生き返った感じ。



10月2日(金) 工夫

太田惠資(vl)さん、山口とも(per)さんとの即興演奏ユニット“太黒山”のライヴ。

ともさんがトイレットペーパーの芯とゴム風船で作った小物楽器に、思わず微笑む。日常の生活はちょっとした工夫で楽しくなる、そんなことを感じた時間。



10月3日(土) かの地のうた

午後、斎藤徹(b)さんと打ち合わせ。松田美緒(vo)さんは多分まだブラジルにいると思うが、その前に二人で予習など。どんな方向を探れるかなど、いろいろ話をする。

25年間、南米音楽を聴き続けてきたというテツさんと私では、年季の入り方がまったく違うというもの。彼女が歌うであろう曲の、いろんな人のヴァージョンなども聴かせていただく。死を間近に控えたエリス・レジーナの声が、心に突き刺さる。こちらから誘ったのに、やはりテツさんからは教えをもらうばかりだ。



10月4日(日) ペソア

斎藤徹(b)さんからお借りした本、『不穏の書、断章』(フェルナンド・ペソア/思潮社)を読み進める。このポルトガルの詩人は、いくつものペンネームを持っているらしい。少々難解なれど、言葉の裏を読むと、なんとも不思議に面白い。ヨーロッパ、中でもフランス的な感触。

 私は進歩しない
 旅をするのだ

という、ひとつの文章がとても心に残る。

夜は、稚内から送られてきたすばらしいカニを、家族みんなでいただく。母はとても楽しかったようで、声が明るく、うれしく思う。食事はわいわいみんなでいただくのが、やっぱり健康に、特に心にいい。



10月5日(月) イライラ

夜、公園で遊ぶ子供の声がうるさい、という問題を特集していたNHKの番組を観る。各自治体の取り組みなども紹介されていた。

公園の近くに住む人からの苦情で、子供たちが遊ぶことが禁止されている公園もあるという。噴水広場が閉鎖された所も。昔は子供たちの顔を見れば、どこそこの家の子、ということがわかったけれど、今はまったくわからない。その子供たちが自分の家の窓にボールをぶつけてきたりすると、非常にストレスになる、という。

あるいは、スケートボードができる公園の例。最初は周辺住民の反対が強かったが、スケボーのリーダー的存在の人がきちんと使用規約を定めて、清掃作業などを若者たちとやることによって、徐々に住民たちとの交流が深まってきたそうだ。やがては自分の孫にスケボーを習わせたいと思う自治会の人も出てきたりして、今はスケボーの音が気にならなくなった、という。

この問題は、ご近所付き合いの希薄さ、要するに人のコミュニケイションとも深くかかわりがあり、「音」の聞こえ方というものは、人間の心理状態に左右されることを示唆している。

ある「音」を不快に感じるのは、物理的な音量の問題ではない。その音を出している人との関わり度合も含めた、非常に心理的な作用によることがよくわかった。



10月6日(火) コチさん

夜、私宅から走って1分くらいの所にある府中の森芸術劇場で、むさし府中青年会議所が主催する講演会&コンサートに足を運ぶ。

前半は、チェコのチェロ奏者・ヴラダン・コチさんと、有吉英奈さん(p)さんの演奏から。シューマン「幻想小曲集」とシューベルト「アルペジオーネ・ソナタ」が演奏される。

ピアノはベーゼンドルファーを選択していた。(この劇場にはスタインウェイもある。)前から3番目のほぼ中央の席で聴いていて感じたが、これらの曲にはベーゼンはまずまず合っていたと思う。

そして強く思ったのは、シューベルトは「うた」だ、とは誰もが言うことだが、それを支えるリズムは決して甘くてはいけない、ということだった。メロディーに寄り添って、いっしょにベルカント的な情緒に陥ってリズムを紡ぐと、おそらく、曲は死ぬ、と思った。うーむ、ピアノはたいへんだ。

それから、鎌田實さんが講演をされる。3週間前までイラクに行っていたという鎌田先生は少しお疲れのご様子だったが、いつものように、声を大きくすることはなく、静かに、地球の未来につながる子供たちの命のことなどを、ゆっくりとした口調でお話をされる。

その人には、その人の役目がある、とは、最近よく思うことだが、鎌田先生はこういう風に生きるように選ばれた人だと感じた。時にはいろいろ批判もあるようだけれど、私はやっぱり頭が下がるし、尊敬している。

後半は再びコンサート。日本の曲「赤とんぼ」「浜辺のうた」「さくらさくら」など、鎌田先生のがんばらないレーベルから出された3枚目のCDに収められたものから。ほかに、モンティの「チャールダッシュ」、ピアソラの「グランタンゴ」も。いずれもピアノのリズムが少し弱く感じられ、クラシック音楽の勘違い、みたいなことをちょっと感じてしまう。アンコールはラフマニノフ。

このチェロ奏者のコチさん。チェコのプラハに住んでいる方で、当時、まだ全体主義国家だったチェコにあって、彼は戦争に反対して、徴兵制を拒否して牢獄に入れられた。後、出て来たら、再び徴兵を受けて、再び拒否して、また牢獄へ。という人生を歩いた方だという。そんな人生を、彼は神様に支えられて生きたらしい。

ベルリンの壁が崩壊した後、1989年、「ビロード革命」(無血)でチェコは民主化されたわけだが、こうした歴史を背負って音楽を奏でているコチさんの音は、選ばれた曲にも寄ったと思うが、全体にやや明るく軽めに感じられ、聴衆に充分に訴えるものがあったように思う。

ただ、音楽として、誰もが知っているメロディーを、何もひっかかることなく、美しくきれいに奏でる、という内容、いわゆる“癒し”の音楽と一般的に言われるようなものには、私は首が傾いてしまう。これはもうどうにも仕方ありましぇん。人の心を洗うのは、そういうことではないと思っているからだろう。



10月7日(水) もんてん二十周年

夜、門前仲町にある、“門仲天井ホール”の二十周年パーティーに行く。

会場に着くと、既にジャグリングが披露されていた。知り合いのトランクシアター・スタジオの人たちもいて、飲み物やおつまみ、料理などを提供している。ほんとに気のいい人たちだ。今でも大好きな友だちだ。

下町らしく、大太鼓の演奏で華々しく幕開け。司会は無声映画の弁士さんが務めている。なんでも、ここで既に無声映画を200回以上上映しているとのこと。そして、このホールのゆかりの人たちから、たくさんのお祝いの言葉が贈られる。

私はここの支配人・黒崎八重子さんに捧げて、「What a wonderful world」を、そして「明日に架ける橋」を演奏。その際、白ワインなんか飲んじゃって、何故か今宵はちょいと酔っ払っていた私は、なにやらわけのわからないことをしゃべりながら演奏したような記憶が。で、ちょっと演奏が中途半端になったことをあとで反省。

でもって、曲の途中で、トランペット奏者や、ピアニカやシェイカーなど、そこここにいる人たちが即興的に参加してきて、わいわい。それから、トランクシアターの人たちにも加わってもらって、「モリタート」のメロディーに載せて歌われた、“祝20周年!替え歌”を贈る。

ほかには、井上郷子(p)さんがジョン・ケージの曲を演奏。こういう場でもきっちり演奏する彼女の姿勢に、私はまたもや猛省。崎元譲さんのハーモニカ演奏も心に沁みる。他、芝居関係の人たちもお祝いにかけつけていた。

最後に、黒崎さんが詩の朗読を含めて挨拶をされ、三本締めで終了。その後、ゆっくりおひらき。片づけを手伝ってから、帰途に着く。



私がこの門仲天井ホールを初めて訪れたのは、トランクシアターの芝居で演奏した時のことだったと思うので、おそらく15年くらい前のことだと思う。その時から現在に至るまで、8階の窓から見える背の高いビルの本数はとても増えたし、このホールやスタインウェイのピアノを支えてきた人たちも歳を重ねた。

このホールは、1989年に竣工された東京建設自労会館(自社ビル、8階建て、その内3フロアーは売却)の最上階にあり、基本的には「建交労東京」の多目的会議室だ。

そのwebには、

「今でもただの会議室ですが、立派に音楽会や演劇ができるホールとして使えるように、素朴な手作りの工夫がされてます。何かができるのを黙って待つのではなく、労働組合が意欲的に文化創りに挑戦しています。夢を少しづつ現実のものにしてきました。」

と記載されている。

また、ここのピアノは当初は個人組合員から寄贈されたものだった。が、1993年、「門天ホールにピアノを贈る会」が発足して、カンパとTシャツ販売などによって、当時600万円したスタインウェイのピアノがここにやってきた。

照明器材や平台、暗幕など、舞台作りに必要なものには、トランクシアターなどの演劇関係者の力添えもあった。

こうして、多くの人の、文字通りヴォランティアなかかわりによって、20歳の誕生日を迎えたホールは、開設以来、その運営を一人で担ってきた黒崎さんの力によるところが大きいことは言うまでもない。

彼女の雰囲気は、かつて社会党がもっとも勢いがあった頃の土井たか子に似ている気がする私だが、このたくましい姉御との出会いは、私にとってとても大切なものになっている。

お祝いの言葉の中で、どなたかが言っていただが、かつての渋谷・ジャンジャンのような場所がなくなった今、このいわば“なんでもあり”の門仲天井ホールの存在は貴重で、ここでの人とのかかわり、この場、というものを、私も大切にしていきたいとあらためて思った夜だった。

願わくば、こうした場がこれからも存在し続け、ここを未来に生かしていこうという若い後継者が育つことを祈ってやまない。

ということで、来週から『くりくら音楽会vol.6』が始まります。足かけ4年目になったこのコンサート。10月15日(木)は松田美緒(vo)さん、斎藤徹(b)さん、私が演奏します。コンサート終了後には、これまでと同様、そのまま会場にて、どなたでも気軽に参加できる打ち上げ会も行います。ぜひおでかけください!





























2009年9月の洗面器を読む



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