2026年のトピックス
(最新ニュース)




▼左手首骨折からおよそ二ヶ月 (6月29日 up)

(5月1日に左手首を骨折、8日にチタン・プレートを埋め込む手術をし、2泊3日の入院を経て10日にはギプスを自分ではずし・・・という経緯について関心のある方は、これまでアップした文章をお読みください。)

演奏活動については、5/30のコンサートを除いては、基本、ほとんど左手を使わず右手を使うことで、仕事には穴を開けずに行ってきました。

そして、6月21日(日)、病気療養中の渋谷毅さんにかわってお引き受けした、盛岡での廣木光一(g)さんとのデュオのライヴで(なんと私は廣木さんと初共演)、実は左手をかなり使って演奏してしまいました。廣木さんは私のために右手だけで対応できる曲をたくさん選んでくださったにもかかわらず。

結果、大反省。リハーサル後、休憩中、終演後、保冷剤で左手を冷やしたりしたのですが、ホテルに戻ってから左手が熱を持って指も掌も全体が5mmくらい腫れあがっていることに気づき・・・。コンビニでボックスに入った氷を買ってきて、TVでサッカーのWC(日本対チュニジア)を見ながらアイシングすること、およそ2時間と相成りました。左ひじのあたりまでつながっている中指の腱まで熱くなっていたため、腕を氷でずっとなでたり。いやはや、時期尚早でした。

演奏者の性(さが)というものを実感しました。己の身体状況を省みず、「弾きたい」という気持ちが勝ってしまった結果だと思います。自分は無理をしているという自覚がない大馬鹿者です。私の左手さん、ごめんなさい。

廣木さんからは、最初の曲をカーラ・ブレイの比較的ゆったりとしたボサ・ノヴァ風の曲からセロニアス・モンクの「Monk's Dream」に急遽変更した時に、「これはやっちゃうな、と思った」と言われました。

はい、やっちゃいました(苦笑)。それからおよそ4日間、腫れが引かず、時間があればずっと保冷剤で冷やしていた私です。

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現在は二週間に一度、レントゲン写真を取り、経過観察を含めた診察を受けています。ピアニストとして完全復活するまで、担当医は伴走すると言ってくださっています。やはり半年はかかるかもしれませんが。

また、病院でのリハビリは一週間に二回、続けています。普通の生活をするだけならそろそろリハビリは卒業と言われたのですが、私の場合はピアノを弾けるようになるまで、そのための筋肉をつけるまで、ということで、リハビリは続行中です。小さなお子さんを持つ若い女性が若干マゾ気味に面倒を見てくれています(笑)。

ちなみに、まだできないことは、キャップを押し上げて開けるサラダオイルの蓋を開けること、ぞうきんを絞ること、回して開ける鍵(サムターン)を操作すること、車の運転において、左手首を大きく動かさなければならないときやシフトレバーの操作、サイドブレーキの上げ下げなどなど。フライパンや鍋、またどんぶりを持てないことなども含めて、重いものはまだ左手だけでは持てませんし、手をつくこともできません。

当初を振り返り、やっとできるようになったのは、両手で顔を洗う、左手の指を立てて洗髪する、両手で服を着たり脱いだりする、納豆のタレの袋を左手で支えて右手でちぎる、そして右手の爪切り(左手の親指と人差し指で切る)などなど。一昨日からやっと牛乳パックの口を開くことができるようになったのですが、これらの動作は手首や指の関節が痛くて全然できませんでした。

そのほか、20年近くお世話になっている整体の先生の勧めで「AWG療法」を一週間に一度受けています。また、太極拳の先生からは様々な助言をいただいています。とにかく、まずは左手及び左腕の血の巡りを良くする、という感じです。

さらに、特別な能力のある方からの施術も受けています。エヴィデンスを重んじ、非合理的なことは一切受け入れないであろう整形外科の先生からは完全否定されるかもしれませんが、私は世界にはそういう力のある人たちがいることを信じています。私は日本国内はすべての地で演奏していますが、こういう仕事をしていると、そういう方に出会うこともしばしばあります。現時点で数名、います。いわゆる、見える、治せる、遠隔でもできる、とかとか。

6月も終わろうとしています。今年ももう半分が終わります。私にとって、この5月、6月は、自分とのつらい闘いの日々だったように思います。音楽は私を救っていることも感じつつ、感謝しつつ。それにしても、ああ、演奏したい。って、だから言ってるじゃないの、無理しちゃだめよ、って(苦笑)。




▼左手首骨折から一ヶ月 (6月2日 up)


昨日(5/30)の濱田芳通さん&神奈川フィルのコンサート、演奏できなくなった私は客席から拝聴しました。濱田さんがいわゆるモダン・オケを指揮するのは初めてではないかしら?と思うのですが、指揮に、演奏に、音楽に、すべてのエネルギーを注いでいる背中を見ながら、どこに苦労しただろうか、何を一番大切に考えているだろうか、リハーサルを見たかったなあ、などと余計なことも少し考えながら、ただただ聴いていました。

そして、私の心の中は、心底、無念。

コルネット・リコーダー奏者としての濱田さんのすばらしい側面、すなわり、譜面からはみ出し、飛び出し、自由に飛翔する濱田さんの演奏者としての側面をフォローできなかった、いっしょに演奏できなかった自分を、泣きたくなるくらい悔やみました。

先に少し書いたように、新曲を書き下ろされた作曲家・野見さんは、こんな私のために譜面にコードを振ったり、自由に演奏できる箇所も作ってくださっていました。「(私が)どう崩してくれるかを考えながら作った曲だった」というお言葉もいただき、あらためてほんとうに申し訳なく思っています。うんむう、リベンジ、か。

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ところで、左手首を骨折してから明日で一ヶ月。手術をしてからおよそ三週間。だいぶ普通の手っぽくなってきましたが・・・。

実は、27(水)に、重い鉄でできた物干し竿が落下しそうになった時に、うっかり左手で受け止めてしまい(この歳になっても反射神経が残っていたのね)、激痛が走り、小指側がまだ少し熱を持って腫れています。また、親指の第一関節、第二関節が自由に動きません。手首もまだまだの状態です。まあ、最低三ヶ月、もっと良くなるには半年かかる、と担当医からは言われているのですが。

で、セカンド・オピニオンを受けることを考え始めました。良い手の専門医をご存知の方、ぜひ情報をお寄せください。あるいは、こういう治療法がある、といったことをご存知の方がいらっしゃいましたらお知らせください。どうぞよろしくお願いします




▼左手首骨折、その後 (5月18日 up)

5月1日、新緑が美しい公園の雨上がりで濡れた板張りの橋の上で足をすべらせ、左手首骨折。救急搬送された府中恵仁会病院で、親指側にずれた左手首の骨を部分をグイッと手技で戻してもらったものの、粉砕している箇所もあり。ギプスを施されて、2日に様々な検査は受けたものの、そのまま運悪くGW突入。

最短の選択を決断して、7日に入院、8日に手術。担当医が最大限の努力をしてくださり、手術は無事に終わりました(と思います)。少し難しい箇所があったとのことで、予定より時間がかかりおよそ2時間の手術でした。今、左手首にはチタンのプレートとビスが入っています。9日に退院し、10日の夜にギプスを自分ではずしました。現在、左手は熱を持ってまだ腫れている状態です。左腕も打撲の跡がだいぶ色濃く残っています。左手を下にさげていると治りが悪くなるとのことで、左腕は日常的に腕つりをしています。

手首をひねったりする動作は禁じられていますし、自由に動かすことはできないのですが、多少痛くてもとにかく指を動かすことが演奏活動の復帰への道だと言われています。なので、現在、指を動かす自主トレ中。今後のリハビリも含めて、あとは自分の状態としっかり向き合う自分自身が大切と考えています。自分の意志との勝負かと。

担当医は若い先生ながら、聖マリアンナ医科大学を出ていて、どうやらなかなか優秀な医師らしいです。入院した際に同室になった方たちからの情報ですが。手術後の傷跡がきれいな先生だとも聞いて、ちょっと安堵しています。

演奏活動には今週土曜日(16日)の府中でのコンサートから、右手だけで復帰しました。また、18(月)ロシアの歌をうたうタンコさんのライヴ、23(金)完全即興演奏ユニット太黒山のライヴ、これらも右手だけで参加するつもりです。

なお、先にも書きましたが、24(日)歌手・田中淳子さんとのデュオは中止、30(土)濱田芳通さんと神奈川フィルのコンサートは代役の方が演奏する予定です。共演者、関係者のみなさまにはご迷惑をおかけし、ほんとうに申し訳ありません。そして、チケットを購入し、楽しみにしてくださっていたみなさまにも心からお詫び申し上げます。

20(水)に診察に行く予定で、先生にも相談して、6月以降の音楽の仕事の見通しを立てるつもりです。また、その後はしばらくリハビリで病院に通うことになると思います。

いやあ、それにしても、たった2泊3日の入院(丸1日は手術日だったわけですが)で体力はグッと落ちるものですね。これが長引いたらQOLは完全に落ちるだろうなあと思いました。それに、右手だけの生活は想像以上に不便でいけません。そのストレスと痛み止めの薬で胃をやられて、入院前と比較すると体重が2〜3kg減ってしまい、ちょっと老けた感じで、こんな自分は嫌だなあと思っているところです(苦笑)。 

私は2006年に突発性難聴に見舞われ、とても苦しみ、およそ3ヶ月間仕事を休みました。その際、突発性難聴を患った音楽家が思いのほかに多いことを知りましたが、とにかく私は藁をもすがる思いで、考え得るありとあらゆる治療を行い、それらのことを拙webで公開しました。突発性難聴の症状は人それぞれなのですが、これからこの病にかかってしまった人のために少しでも力になれればという思いからです。

今回の左手首骨折についても、折りに触れ、可能な範囲で、治療のプロセスをお伝えしようかなと思っています。もちろん、関心のない方はどうぞスルーしてください。

左手が完全復活するのにどれくらい時間がかかるのか、あるいはピアニストとして不都合な症状が残ってしまうのか(後遺症)、現時点では全然わからないのですが、今回のことを機に、音楽家、ピアニストとして生き切る人生を送りたいと強く思うようになったことをお伝えしたいと思います。




▼5月の演奏活動について (5月3日 up)

5月1日、雨上がりの公園を散歩していた時に足をすべらし、私は左手首を骨折してしまいました。
つきましては、5月に予定されていたライヴやコンサートについては、以下のように変更、あるいは中止、代役を立てさせていただきます。

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▼5月16日(土)
『耳のごちそう vol.25 ~ハモニカを楽しむ~』
八木のぶお(ハモニカ)ソロ&デュオ
黒田京子(pf)
at IN VINO VERITAS(府中)
*右手だけで演奏する予定です


▼5月18日(月)
ロシアのうた
石橋幸(vo)ほか
*5/11にライヴに参加するかどうかを決める予定です


▼5月22日(金)
“太黒山”
太田惠資(vn)
山口とも(per)
黒田京子(pf)
at inF(大泉学園)
*5/15にライヴを行うかどうかを決める予定です
(私が不参加になった場合は春場所は中止になる予定です)



▼5月24日(日)
田中淳子(vo)とのデュオ
at Fellows(栃木県小山)
*申し訳ありません、中止になりました


▼5月30日(土)
神奈川フィルハーモニー楽団
音楽堂シリーズ第36回
濱田芳通 指揮、演奏
at 神奈川県立音楽堂
*申し訳ありません、私は演奏できなくなりました
クラシック音楽のピアニストが代役をつとめてくださる予定です


<降板に際し>(公式発表)

5月1日、雨上がりの公園を散歩していた時に足をすべらし、私は左手首を骨折してしまいました。「橈骨遠位端骨折(とうこつえんいたんこっせつ)」という診断で手術を受けることになり、術後の経過やリハビリにも寄りますが、一ヶ月半程度は演奏することは難しいだろうとのことで、5月30日のコンサートで演奏することは泣く泣く断念せざるを得なくなりました。ほんとうに申し訳ありません。

今回の神奈川フィルハーモニー管弦楽団の企画は、古楽のオケではなく、神奈川フィルを指揮してJ.S.バッハやヘンデルの曲を演奏する指揮者としての濱田さんのほかに、コルネット及びリコーダー奏者としてけっして枠に収まらない、譜面を超えて自由にうたを歌う唯一無二の演奏家としての濱田さんもお楽しみいただけるコンサートになっていると思います。

その演奏家の側面において、濱田さんが私のようなジャズあるいは即興演奏を軸に演奏活動をしている者にお声かけくださったことには、濱田さんの音楽に対する根本的で深い思いが込められていると思っています。また、作曲家の野見さんも私を理解してくださった上でピアノ譜を書いてくださっていました。なので、演奏できなくなったことは私にとってはほんとうに痛恨の極みとしか言いようがありません。曲の練習も始めていましたし、試してみたいアイディアもあり、ものすごく楽しみにしていただけに、心底、残念でなりません。

このたびはこのようなことで演奏できなくなり、神奈川フィルハーモニー管弦楽団、神奈川県立音楽堂など関係者のみなさま、濱田さん、野見さん、そしてお客様に、心からお詫び申し上げます。

黒田京子(ピアニスト)






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