2月
2月1日(金)  かしまし

午後、整体へ。肩の後ろの筋肉が落ちていると言われる。筋肉は衰え、残るは脂肪ばかりになりにけり、か。

しかし、先生、気合が入っている時はいいのだけれど、サプリメントや化粧品なども販売しているからか、女性の出入りが多い。今日はおしゃべりが殊のほかうるさく、ちっともリラックスできなかった。こういうところが女性は甘いなあ、と思う。それとも、ここに来るようになってもうすぐ一年になろうとしているのに、私がそうしたサプリメントなどにまったく興味を示さないために、いじわるされている、か?



2月2日(土)  もういっっちょ

夜、アマチュアのヴォーカリストたちと演奏。以前共演した人から、「もういっちょ!」とアドリブをもう1コーラス促される。それは以前私が彼女にいきなり仕掛けたことだった。わっはっは、仕返しをされた。

プロだろうがアマチュアだろうが、上手かろうが下手かろうが、音楽を共に奏でる歓びのようなものは、いつだってこういうところに生きている。



2月3日(日)  豆まき

雪。夜、突然しゃぶしゃぶを食べたいという母と肉をジャブジャブして、ささやかに豆まきをする。節分の夜は仕事があって家にいないことが多かったから、とても久しぶりの豆まき。

小さい頃は毎年豆まきをしたものだ。家の中が真っ暗になり、冷たい夜の空気がひんやりと感じられる。そんな雰囲気がとても怖くて、お父さんやお母さんにしがみつきながら、大きな声で「鬼は外、福は内」と叫んだ。祖父の家は長〜い廊下の向こうや大きな岩陰辺りに、ぼうっと幽霊が出そうで、もっと怖かったけど。



2月4日(月)  雪かき

立春というのに、雪かきがたいへん。向いの家の人が手伝ってくれる。中学生のお子さんが作ったという、焼きたてのクロワッサンがとてもおいしかった。

生徒のレッスンの後、クラリネット&ピアノ・ソナタの練習をする。名前を聞いたことがないハンガリーの作曲者の現代曲。曲作りのヒントもあれこれあり、だんだん面白くなってきた。



2月5日(火)  ビンボーだ

確定申告の準備を始める。こんなにビンボーでいいのか、私。



2月6日(水)  スタンス

また雪。悩んだ挙句、電車で移動することにする。長いことバスを待ち、電車の接続も悪く、遅刻してしまう。ごめんなさい、マキさん。ということで、夜は大泉学園・inFで、カルメンマキ(vo)さんと太田惠資(vn)さんと演奏。

寺山修司の詩の朗読をはさみながら歌をうたっていくような構成を、マキさんが考えてこられていた。このステージングはとてもよかったと思う。全体がとても自然な感じだった。ちなみに、朗読をすること、こうした構成のライヴをすることや、女性ピアニストと共演することは、マキさんにとっては初めてのことだそうだ。

マキさんご自身、そのブログにも細かく書かれているように、いわゆる芸能界がお好きではないとのこと。そんなこんなで、めぐりめぐって、「時には〜〜〜母のない子のよ〜うに〜」「山羊にひーかーれーて」と、私が小学生の頃に親しんでいた歌をうたっていた方と、このたび共演させていただく機会に恵まれたのだから、まことに縁は異なもの。

正直、マキさんと私はそれぞれちょっぴり不安を抱いていたと思う。なにせ相手のことをよく知らない。今夕いっしょに食べたお蕎麦屋さんでいろいろ話したような時間を、もっと持てばよかったかもしれない、と後でちょっと思った。

けれど、その不安のようなものは、実際のライヴの流れの中で、少しずつ温かく溶けていくのが感じられた。三人三様、それぞれが立って、それぞれの音を出すことで、きちんと音楽が成立していたと思う。

それは、二人の間に立って助けてくれた、頭のいい、他人への気遣いと愛情にあふれた太田さんの存在も大きかったと思う。

そしてなによりもマキさんの歌へのゆるぎないスタンスが、すべてを支えていたと思う。マキさんはぐらつかない。その在り方がご自身にとても正直で、歌の言葉に対する姿勢に嘘や曇りがないと感じる。さらに、歌に対するスタンスはきわめて客観的だった。

「戦争は知らない」(作詞 寺山修司)という反戦の名曲がある。フォーク少女だった私は、この歌を口ずさめるわけだけれど、戦争でお父さんを亡くしたわたしは、20歳になって明日お嫁に行くの、というような内容の歌だ。この歌を、今だからうたえる、というスタンスで、マキさんは見事にうたわれていた。もちろん、今、20歳でもないし、明日お嫁に行くわけでもない。

さらに、ちょっと驚いたことに、店内の空気が時代をトリップしたような温度になった。この歌が生まれた時代背景も含めて、歌そのものの力もあるとは思う。が、それ以上に、ほとんどビブラートをかけない、また寺山修司に対して特別な思いを抱えているという、マキさんの声の力が時空を包んでいたと思う。

帰り、雪は激しく降っていた。聴きに来てくれた地元の友人たちに自宅まで送ってもらう。どこか深い気持ちになれたような、いい夜だった。



2月7日(木)  五功

午後、太極拳。「五功」をやる。呼吸の仕方がやっと少しだけわかってきただろうか?あ、この感じ、このポイント、という時間を、少しだけ持てるようになった気がする。先生に注意されない時は、ほとんど無心という感じがする。

にしても、自分の肉体の部位を、意識を持って動かしてみる、というようなことがとても難しい。これが先生はものすごくできる。少しずつ鍛錬を積んでいくしかない。で、多分、こうしたことは演奏に非常に影響を及ぼすと予想している。



2月8日(金)  はしご

夜、“コンテンポラリー・デュオ・ライヴ”と称されたコンサートに行く。永井由比(fl)さんと村田厚生(tb)さんのデュオ。新宿の郵便局の前のビルの上の方に、あのような管楽器屋さんがあり、そこに小さなホールがあるなんて、まったく知らなかった。うわあっ、この楽器、お高いのね〜、リードを削る器械にこういうのがあるのね〜、などと見物してしまった。

フルートとトロンボーンのための現代曲、演劇的な曲、それぞれのソロ、谷川俊太郎さんの詩をモティーフにした即興演奏、譜面台がものすごく並んだものなど、いわゆる現代音楽のコンサート。作曲家がいろいろ苦労していることがわかる。

演奏は全体にもう少し強弱のめりはりがクリアだといいのになあと感じたところがあったので、そのことを村田さんに伝えると、そこのホールはピアニッシモを表現しにくい場所だったそうだ。

その後、レッスンに来ている生徒が、赤坂にあるクラシック音楽のライヴハウスで、友人と連弾曲やショパンやバッハのソロ曲を弾くと聞いていたので、どれどれとでかけてみる。

そこは確かに毎晩クラシック音楽が奏でられているようで、にも関わらず、スピーカーはボーズで、エアコンの風は養生はしてあったものの、直接ピアノにあたるような配置になっていた。ピアノの調律、状態はかなりひどい。もちろん、演奏中にはお皿を洗う水や食器の音が響き、パソコンのキーボードを叩く音も聞こえてくる。2人の従業員はひとつも演奏を聴いていない。ちなみに、14日前を過ぎてキャンセルすると、出演者は7万円も支払わなければならないらしい。うんむう・・・。

彼は連弾曲がとても面白いと言っていたので、ちょいと聴くのを楽しみにしていたのだが、相手の女性が指を怪我したとのこと。それで急遽一人で3ステージをこなさなければならなくなったという。昨日の話らしい。そりゃあ、たいへんだ。ということは容易に想像できる。

で、私が聴いたのは最後のステージ。急遽やることにしたショパン2曲には???マークが頭の中を飛び交う。ショパンのフォルティッシモはああいう感じなのだろうか?などなど。暗譜して、気合が入っていたJ.S.バッハ作曲、ブゾーニ編曲の「シャコンヌ」は力を尽くしたことがよくわかり、心から拍手を送る。

想定していなかったというアンコールに、レッスンでやったオスカー・ピーターソンのエチュードの中の1曲を弾いた。が、・・・あまりと言えばあまりだったので、私はこんなことを教えた憶えはないと本人に伝え、次回のレッスンの時の宿題にする。先生は恐いのだあああ。

お客様は彼の大学時代の友人がほとんどで、呼んだお客さん以外に人が来るようなことを全然想定していなかったようだ。その風景はまるで大学のキャンパスの一室を思い起こさせるようだった。人様からお金を頂いて、人前で演奏する、ということの意味がわかっているんだろうか。うんむう・・・。

ということで、クラシック音楽のはしごの一日。



2月9日(土)  レイ

午後から雨になり、夕方にはまた雪。

夜、『Ray』を観る。レイ・チャールズ(vo)の伝記映画。公開直前に本人は亡くなっているが、この映画には麻薬や女性に溺れている姿も描かれていて、それは本人自身もありのままを、と望んだことだそうだ。

誰でも知っている曲「Georgia on my mind」。ジャズをやり始めた初心者がけっこう歌ったりする。ブルージーでジャジーな雰囲気がしてポピュラーだから、手をつけやすいのかもしれない。が、この曲、今後はとても安易に演奏できなくなった。



2月10日(日)  さて

午前中、またもや雪かき。腰、痛し。雪かきを手伝いましょうと言ってくれた人はずいぶん遅れてやってきて、その頃にはすっかりきれいに。

かくて、夕刻より、喜多直毅(vl)さんとのレコーディングのための練習と打ち合わせ。プロデューサー、エンジニア、調律師さんも集まり、三役揃い踏みといった感じ。それぞれの思惑が暗黙のうちに行き交い、微妙な緊張感が張り詰める。終了後、私宅にて鍋を振る舞い、フランクな気分であれこれ話す。大切な時間を持てたと思う。

また、今日、新しくピアノの椅子がやってきた。総革張りで、それ相応の値段がする。フルコン用の椅子は20万円くらいすると聞いているが、そこまではいかない。でもギシギシ鳴らないし、ガタガタ動かず、どっしりと安定している。腰を、身体をしっかり支えるには、何はなくともまず椅子。うれしい。


2月12日(火)  再びブラームス

雨。ブラームスのクラリネット・ソナタ第一番を練習し始める。ブラームス、何故、私の胸に、こう深くぐっと来るところがあるのだろう。



2月13日(水)  エッグな気分

車を飛ばして約2時間半弱。埼玉県深谷にある“エッグ・ファーム”を初めて訪れる。ここに「スペース・フー」と呼ばれているホールがあることは、ずっと以前から知っていたのだけれど。現代音楽やハードなフリー・ジャズあるいはフリー・インプロヴィゼイションのコンサートを長年手掛けてきている場所だ。

そのホールは天井が高く、木のぬくもりが感じられた。ピアノは珍しくニューヨーク・スタインウェイのフルコン。鍵盤に少し隙間があり、ちょっと旧いが、独特な重厚感がある。ここを推薦した翠川敬基(cello)さんが言っていたように、確かに弦楽器はよく響きそうな感じだった。

で、ここで黒田京子トリオのレコーディングをすることにした。

周辺は畑だけ。空が見え、光がそそぎ、風に木の葉が揺れているのがわかる。私の最初のCDはソロで、それも自然がいっぱいの中で録音したものだが、私にはこういう環境のほうがいい。実を言うと、都内のスタジオにこもって、ヘッドフォンをかぶってレコーディングするのが、私は未だにどうもあまり好きになれないでいる。仕事だから、無論、引き受けるけれど。

帰り際、オーナーの方から全部双子の黄身が入っているという、それは大きな卵をたくさんいただいた。エッグな気分。なんのこっちゃ。



2月14日(木)  ゲゲゲ

晴れていて気持ちがいい。ので、午後、自転車で深大寺まで行って帰ってくる。目的は深大寺にあるという“鬼太郎茶屋”。ゲゲゲ関係のグッズもたくさん売っている。袋には“妖怪舎”とたくさんの目玉が印刷されている。うわっはっは。

自分がなにゆえあの目玉オヤジに惹かれるのか、よくわからないのだけれど、好きなのだから仕方ない。多分、なんとなく、見えるものだけが真実ではない、というようなことを、あの温泉好きな目玉オヤジが語りかけているような気がするのだろう。って、考え過ぎ。



2月15日(金)  京野菜

夕刻、クラシック音楽、特に現代曲を手掛けているピアニストの方と会って話しをする。彼女はクラシック音楽の演奏家はスケート選手のようなものだと言う。それはもう、かつてジャネット・リン(スケート選手)が尻餅をついても、素晴らしい笑顔で金メダルを取ったようなことは、天と地がひっくり返っても起きない、ということのように感じられた。そして、そう言い切る彼女には、例えば私にとってジャズという音楽が教えてくれたようなことは、何ひとつ感じられなかった。

夜は大学時代の友人たちと会う。昔の恋話に花が咲いていた。振り返れば、私は男性たちの結婚式に全部出席しているから、いわば恋愛対象にはまったくなっていなかったのだろうと思うわけで。昔から色気がなかったのね、私。でもその分今でも気楽にこうして話ができてうれしい。むしろ女性の友人たちとはだいぶ疎遠になってしまった。

で、お店でいただいた京野菜がすこぶる美味。とても甘かった。



2月16日(土)  ボコッ

夜、太極拳の新年会に出る。中国の暦では新年になるらしい。他の曜日の教室に参加している方たちとも初めて会う。圧倒的に女性が多いことを知る。でもみなさん、60歳を越えていてもお肌はつやつや。見習わねばっ。

久しぶりに映画『アマデウス』を観る。何度観ても、袋にくるまれたモーツアルトの亡骸が穴の中に放り込まれる光景と、その瞬間のボコッという音が忘れられない。人の最期とはそんなもの、か。



2月19日(火)  壁

朝8時からクレーンの音が聞こえてきた。耳に悪い。そして、私宅の真南に新築中の家の一階の壁と窓が一気にできあがった。こともあろうに、二世帯住宅だという。あらあ、2つの窓、ずいぶん大きいのねえ。台所の換気扇はどこに付くのだろう?エアコンの室外機からの風はこっちに吹いてくるんだろうなあ。嫌だなあああ。



2月21日(木)  肘は下向き

午後、太極拳の教室。人は意識をすれば、指も伸びるし、いろんなところが伸びることがよくわかる。また、五功をやる時は常に腕の肘は下を向いていなければならないのだが、ここから敷衍して、ピアノを弾く時も、基本的に肘は下向きに、云々という話になった。教室には桐朋音大のピアノ科を出た方がおられて、ピアノを弾く時の姿勢についてなど、いろいろ参考になる話しを聞くことができてうれしい。なんでも勉強。

夜は喜多直毅(vl)さんとデュオで演奏。彼の音が荒れているのが少し気になる。ささくれた感じ、と言っていた人もいたけれど。したらば、楽器は昨日メンテしたばかりだとのこと。でも昨晩の演奏でコマが5ミリも動いていたという。通常考えられないことだそうで、とにかく演奏すると楽器も弓も消耗が激しいらしい。そっかあ。

弦楽器の弓が素麺のようになる人たちと、私はよくやっていることになるのね。そしてそれは決して普通ではないのね。



2月23日(土)  ショパン

今朝も8時からクレーンの音。あっという間に真南の家の二階の壁と再び2つの大きな窓と、そして屋根ができた。北側にあんなに大きい窓を合計4箇所も造るかなあ。壁の色は白くないので、ちょっと圧迫感がある。城壁に囲まれているような気分になっていけない。嫌だなあああ。

午後、レッスンで生徒がショパンの曲を聴いて欲しいというので、拝聴する。それでちょっと感じたことなどを言う。私はクラシック音楽は教えていないのだけれど、彼曰く、音大の先生などは絶対言わないようなことを私は言うらしく、それが新鮮に感じられるらしい。私とて、こんなレッスンは初めてだ。

それにしてもショパンはいやはやすごい。もうピアノという楽器のすべてを知っていて、ピアノの魅力を余すことなく音符にしている感じだ。表現の自在さ、強弱、緩急、構成、そしてメロディーのなんと歌っていることか。・・・私にはとても弾けそうにない。




2月26日(火)  丁寧に

午後、小森慶子(cl)さんとクラシック曲のリハーサル。ああでもない、こうじゃないの?と、第一楽章に2時間余りを費やす。

夕方、喜多直毅(vl)さんが来て、レコーディングのリハーサル。喜多さんの新曲、とても彼らしく、いいなあと感じる。夜9時過ぎまであれこれ話をする。

丁寧に音楽創りの作業をする。そのプロセスに歓びを感じた一日。心地よい疲れが残る。



2月28日(木)  正念場

夜、大泉学園・inFで、黒田京子トリオで演奏。終演後、5月に予定されているレコーディングについて話す。正念場、か?



2月29日(金)  懐かしい

夜、上野・アリエスで、金丸正城(vo)さん、加藤真一(b)さんと演奏。加藤さんとはいったい何年ぶりの共演になるだろう?

彼が北海道・滝川から出てきて初めて参加したのが、私が初めて新宿・ピットインの朝の部に主演した時のカルテットだった、と私は聞いている。そう、もちろん若かった。そんな加藤さん、一歳半になるという娘さんの写真を携帯電話の画面で見せてくれる。親バカをやっているらしい。なんだか微笑ましく、そしてうれしい。






2008年1月の洗面器を読む

2008年3月の洗面器を読む

『洗面器』のインデックスに戻る

トップページに戻る